黒沢清監督「菅田将暉はあらゆる役を演じ分ける、ナンバーワン俳優」と世界へアピール『Cloud クラウド』ヴェネチアで拍手喝采!
国内外で高い評価を受ける黒沢清監督が、菅田将暉を主演に迎えた注目作『Cloud クラウド』(9月27日公開)。本作のワールドプレミア上映が、イタリアはヴェネチア・リド島で開催中の第81回ヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペ部門にて、イタリア現地時間8月30日(※日本時間8月31日)に行われ、黒沢清監督が登壇した。 【写真を見る】世界の映画ファンからサイン攻めにあう黒沢清監督 本作は、ネット社会に拡がる見えない悪意と隣り合わせの“いま”ここにある恐さを描くサスペンススリラー。転売で稼ぐ主人公の吉井良介を菅田将暉が、吉井の謎多き恋人、秋子役を古川琴音が、吉井に雇われたバイト青年、佐野役を奥平大兼が、ネットカフェで生活する男、三宅役を岡山天音が、吉井が働く工場の社長、滝本役を荒川良々が、そして吉井を転売業に誘う先輩の村岡役を窪田正孝が演じている。 同日、プレミア上映に先駆けて行われた記者会見には、監督の黒沢、プロデューサーの荒川優美が出席した。この直前に、第 97 回米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に選ばれたことが発表された本作。そのニュースは既にイタリアにも届いており、司会者からお祝いの言葉を贈られた黒沢は、「本当に純粋な娯楽映画を作ろうというところからスタートした作品です。まさか今回のヴェネチア国際映画祭への出品も含め大きな名誉みたいなものと縁があるとは思っていなかったので、もう大変驚いています。それと僕の大きな楽しみは、この作品がアカデミー賞にノミネートされるようなことがもしあれば、主演の菅田将暉さんが、 アメリカで大いに知られることになるだろうと想像すると、とてもそれはうれしいことです」と喜びと共に、今回タッグを組んだ菅田とアカデミー賞の場へ立つ夢を語った。 1997年に発表した『CURE』(97)で世界から大絶賛され、2001年にはJホラーの金字塔とも言われるインターネットを題材にした『回路』を手掛けた黒沢監督。本作でもネット社会を描いていることから、『回路』に絡めて『Cloud クラウド』の成り立ちについての質問が。 黒沢監督は、「当時は、インターネットというものがまだ不気味でそのなかになにか邪悪なものが潜んでいるのではないかというフィクションが、妄想の中で成立した時代でした。それから20数年経ったいま、インターネットはごく当たり前の、誰でも使う普通のツールになっていると思います。ただ、当時、未来はひょっとすると美しい平和な楽しい世界なのかもしれないと思えていたものが、いまや先が見通せない。貧しい人もお金持ちの人も、歳をとった人も若い人も、すべての人の間に"なにか"が積もっていってるような気がします。その人間の心のなかにある"欲求不満"あるいは"歪み"のようなものが、インターネットを通して異常に増幅され、集結してしまう。そういう現象は20数年前には考えられなかった。人間の心のなかこそがいま、やはり問題で、インターネットはそれを象徴的に表してると考えています。この発想がこの映画の原点になっています」と語った。 菅田演じる吉井の転売ヤーという設定については「知り合いに転売をやってる男がいたことがきっかけです。彼は別に悪いことをしてるというわけではなくて、ただ大きな組織のなかで働くということが苦手で、取り立ててなにか才能があるわけではなく、もちろんお金があるわけでもない。それでも現代の社会で生きていこうとするときに、1つの生き方だと思いました。資本主義の冷たい現実があって、いかにもそのような現代を象徴する仕事だと思い、主人公を転売屋という設定にしました」と現代社会に切り込み解説をした。 さらに、本作が持つ現代性について、プロデューサーの荒川は「実際、日本でも、私たちがその企画を始めた6年前にはなかったような事件、突然見知らぬ人から襲われるといった事件が日常的に起こるようになりました。あえてそれを狙って作っていたわけではないのですが、世相と本作がどんどん近づいていき、最終的にとても現代的なテーマを持つ作品になりました」と続けた。 その後、主演を務めた菅田の話題に。黒沢監督は「菅田将暉さんは、その世代で人気、実力ともに圧倒的にナンバー1の俳優です。彼はあらゆる役を演じ分けることができる人です」と菅田の魅力を世界のジャーナリストにアピール。 さらに「主人公は曖昧な人にしようと考えていました。映画の主人公は、分かりやすく特徴的なキャラクターがあったり、喜怒哀楽をはっきり表したりする方が特にこういったジャンル映画の場合は都合がいいのですが、今回は<普通の人>でいきたい。それが僕の希望で、チャレンジでした。いい人か悪い人か、<普通の人間>が持ち合わせてる濁った曖昧な感じを、菅田将暉の非常に高度な演技力があれば、曖昧さが曖昧さとしてそのまま観客に伝わるんじゃないかなと思い、彼以外にない!と考えていました。僕は見事にそれに応えてくれたと思います」と吉井の役どころの難しさを説きながらも、菅田を大絶賛した。 荒川は「黒沢監督の長いフィルモグラフィーの中で、90年代はVシネマ、2000年代はJホラーを中心に、2010年代は原作ものを職人監督としておもしろく撮る、といった時代ごとに変遷がありますが、図らずも今年は、本作をはじめ黒沢監督の原点回帰とも言えるような作品が続きます。黒沢監督の作品は常に集大成と言われることがよくありますが、そうではなく、黒沢監督は常に新しいことに挑戦し続けている監督だと私は思っています。この作品をきっかけに次の黒沢監督の新しいフィルモグラフィーが続いていくことになれば嬉しいです」と、“いま”を更新し続ける黒沢作品への思いを伝えた。 その後も世界のジャーナリストからの質問も続き、黒沢作品への熱い期待と興味が尽きないなか、会見は終了。終了後は、世界から愛される黒沢だけに、サインを求める記者たちの行列ができるほどの人気ぶりだった。 そして、いよいよレッドカーペットに黒沢監督が登場。国際映画祭の常連だけあり「KUROSAWA!」コールも起き、記者会見に引き続き、レッドカーペットに待ち受ける世界中の映画ファンの声援とサインの要望に応えた。黒沢監督はレッドカーペットのゴールで待つ、黒沢ファンという映画祭ディレクターのアルベルト・バルベーラに出迎えられて熱い握手を交わし、ヴェネチア国際映画祭のメイン会場であるSALA GRANDEへ。場内では、黒沢監督が登場するや待ちわびていた観客たちから熱気を帯びた拍手が贈られ、上映前からすでに大盛りあがりとなった。 現地時間23時45分からスタートするミッドナイト上映にもかかわらず1032席を埋め尽くし満席だった。上映終了後も、さらにテンションの高いスタンディングオベーションが湧きおこり、鳴りやまない熱い拍手喝采のなか、黒沢監督は照れた表情を見せながらも安堵したような笑顔で応え、会場を後にした。 文/山崎伸子