赤い岩山のパノラマに、地球という惑星を感じて
【連載】宇賀なつみ わたしには旅をさせよ
フリーアナウンサーの宇賀なつみさんは、じつは旅が大好き。見知らぬ街に身を置いて、移ろう心をありのままにつづる連載「わたしには旅をさせよ」をお届けします。アリゾナ州の砂漠をドライブし、パワースポットとして知られるセドナの雄大な景色を前にした宇賀さんは…。 【画像】もっと写真を見る(4枚)
「通り過ぎていく セドナ」
運転席に強い光が差し込んでくる。 サングラスをしていても真っ青な空の下、 次々と変わっていく景色を追い越しながら、アクセルを踏んだ。 英語表示に、右車線通行。 アメリカでのドライブは初めてなので、最初は少し緊張したけれど、 すぐに慣れて楽しくなってきた。 まずは、パワースポットとして有名なセドナを目指す。 道の脇に、背の高いサボテンがいくつも生えていた。 それだけで、アリゾナに来たのだという気分が高まってくる。 眺めの良い直線の一本道や、白い雪をうっすら被った山々を抜けて、 フェニックス空港から、2時間半ほど。 途中で無性にコーラが飲みたくなって、 ファストフード店で一回休憩しただけで、あっという間だった。 どちらを向いても、まるでセットのような赤い岩山。 思わず感嘆の声をあげてしまう。 レストランや土産物屋が立ち並んでいるエリアに入ったので、 車を止めて、ランチをすることにした。 空気が澄んでいて、大きく深呼吸したくなる。 絶景のテラス席で、熱々の野菜スープを口に運びながら、 早くも、パワーをもらえているような気がした。 この秋、大切な仲間が天国へ旅立ってしまった。 大学時代から夢を語り合って、 嬉しいことも悔しいこともたくさん共有してきた人。 会社を辞めた後も、何かと気にかけてくれた。 何度救われたかわからない。 大きな樹のように柱になって、私たち同期を支えてくれた人だった。 お腹が満たされると、エアポートメサに向かった。 小さな駐車場に車を停めて、小山を10分ほど登ると、 大パノラマを、360度見渡せるようになっていた。 3億年以上前、セドナは海の底にあったらしい。 何度も地殻変動が繰り返されて、海底が隆起し、地上に姿を現したそうだ。 こんなに壮大な赤い岩山も、風化や侵食が続いて、 いつか平原となると言われている。 敵わない、と思った。 人間にできることなんて、ほとんどないのだ。 私たちは、何も知らないまま、 ただ通り過ぎていくだけなのかもしれない。 翌日は、レッドロッククロッシングトレイルで川沿いを散策して、 一番の目的だった、カテドラルロックに登った。 平らな登山口から、徐々に険しいコースになっていく。 後半は、そのままの岩肌や裂け目を、這いつくばって登った。 後ろを振り返ると怖くなりそうなので、 前だけを見て、慎重に手足をのばす。 トレッキングシューズを履いてきて良かった。 日陰を見つけて休憩をしながら、高台を目指した。 ついに「END OF TRAIL」の文字が見えた。 心地よく汗をかいた身体に、乾いた風が吹きつける。 久しぶりの爽快感。 岸壁の間から、ゴツゴツした岩山の間に生える、 緑の木々の美しい模様が広がっていた。 セドナにいると、地球も惑星なのだということを思い出す。 ここにいる私自身も、宇宙の一部なのだ。 あらゆるものは通り過ぎていく。 誰もそれを捉えることはできない。 昔読んだ小説の中の言葉が、頭に浮かんだ。 全て受け入れれば、楽になれるのかもしれないのに、 どうして諦めがつかないんだろう。 せっかく言葉を与えられたのに、 どれほどの想いを伝えそびれてきたんだろう。 近くにいた初老の男性の帽子が、風で飛ばされてしまった。 すると、すぐそばにいた若い男性が、軽やかに岩の間を降りて行って、 谷底で帽子を拾い、また持ち主に返した。 周りの人々から、拍手が送られる。 ただ通り過ぎるだけだった旅人たちが、ひとつになった瞬間だった。 私ももっと強く、優しくなりたいと思った。 生きとし生けるものは、いつか消える。 だからこそ、生かされている間は、全うしなければいけない。 答えの出ない問いかけを繰り返しながら、 とにかく一歩、踏み出していくしかないのだ。 ずっと憧れだったセドナは、 大切なことに、静かに向き合える場所だった。 (文・写真 宇賀なつみ / 朝日新聞デジタル「&Travel」)
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