「学術書の価値を伝えていく」大学出版の使命 橋元博樹・大学出版部協会理事長に聞く
話題になった「らしくない」本
――書籍の電子化の流れについてはどのように考えていますか。 橋元 ここ20年ぐらいで電子化に大きく比重を傾けるような時代になってきました。多くの大学出版部や学術出版社が関心を持っていて、取り組みをスタートさせています。 実は学術書の電子化は早かったんです。世界では2000年前後から特に自然科学系の研究者を中心として、オンラインジャーナルが登場しました。今でも自然科学系の研究者は、書籍は読まない・書かないという人は多い。研究業績となるのは、書籍よりも論文、特に英語の論文を書くことなんですね。我々の仕事はそうした中でも、紙であろうが電子であろうが、一冊の本を書いていただくということです。それは変わらず今まで通りやっていきたいです。もちろん電子化は取り組んでいきますが、書籍を出版するという価値を我々がアピールしていかないといけません。 ――論文と比べた時の書籍の意義や魅力とは何でしょう。 橋元 論文というのは、研究者が先行研究を踏まえた上で新しい知見を加えて、研究者に向けて発表するものです。一方、書籍にする場合は、それらの研究成果をベースとしながらももっと広い読者に向けて作っています。専門家コミュニティだけではなく、その外側にいる一般の読者、隣の研究領域の研究者などに向けています。そこでの論文と書籍の一番大きな違いとして、多くの場合書籍には編集者が介在するという点があります。 商品かどうかの違いも大きいでしょう。売り物を作るというと一見ネガティブな印象があるかもしれません。でも著者も編集者も出版社も、売るためにはいいものを作ろうとします。例えば、読みやすい文章にしたり、目次や章立てを工夫したりする。そうしたプロセスが書籍の強みともなります。 ――最近、大学出版で話題になった本を教えてください。今回、学術書と教養書を一冊ずつ推薦書として選んでいただきました。 橋元 まずは学術書としては『杉浦康平と写植の時代』(慶應義塾大学出版会)。デザイン論の研究をされている阿部卓也先生が、著名なブックデザイナー・杉浦康平さんと写植を題材に、日本のブックデザインの歴史について論じています。 毎日出版文化賞やサントリー学芸賞を受賞するなど、非常に高く評価されて話題になりました。こういう分野の研究書は今まで出ていなかったので、本当に先駆的で優れた作品だと思います。同時に、専門的な知識がないと読めないような難解な本ではなく、一般の人も読みやすいように工夫されています。そして、ブックデザインの本だけあって、装丁もきれいですね。 ――もう一冊は、大学出版らしくない意外な本とのことでした。 橋元 『言語学バーリ・トゥード Round 2』(東京大学出版会)です。言語学の研究者・川添愛先生がプロレスや芸能ネタをうまく使いながら、我々が普段テレビなどで耳にする言葉を分析しています。レイザーラモンRGの「あるあるネタ」はなぜ面白いのか、「飾りじゃないのよ涙は」という倒置はなぜ印象に残るのか。そうしたトピックが言語学の観点から論じられます。 文章がとても巧いので、楽しく読むことができるはずです。1巻目がとても話題になってメディアでも多く取り上げられたんですが、今回はその2巻目になります。装丁も賑やかで、学術書っぽくないですね。学問の面白さをなるべく広い読者に届けられたらと思っています。