日本経済に何が起きているのか…「貿易収支が黒字」という常識が通用しなくなってきた事情
なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、高齢者も女性もみんな働く時代に…… 【写真】日本には人が全然足りない…データが示す衝撃の実態 話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
変化9 能力増強のための投資から省人化投資へ
経済の主な投入要素は労働と資本である。『ほんとうの日本経済』では主に労働に関する事柄を中心に経済環境の変化を記述しているが、労働市場と資本市場は密接に関係をしている。 ここでは、国内経済が人口減少局面へ移行していくにあたって、企業の投資構造にどのような変化が起きているかを概観する。
労働力を輸出する国から輸入する国に
図表1-34は日本の国際収支の動向をみたものである。 国際収支の長期推移をみると、貿易収支の黒字幅が縮小していることがわかる。近年では2011年から2015年に5ヵ年連続で貿易収支の赤字を記録したほか、2022年は15.7兆円の赤字を記録するなど、大幅な貿易赤字を計上する年も増えてきている。 2010年代前半の貿易収支の赤字は資源価格の高騰や東日本大震災に伴う火力発電のシェア拡大が大きな影響を及ぼした。また、足元ではウクライナ危機などに伴う原材料価格の高騰も貿易赤字の原因となっている。 このように貿易収支の赤字転換はその時々の短期的な要因によるところも大きいが、長期的にみれば日本の貿易収支が黒字であるというこれまで日本経済を支配してきた常識は、近年、明らかに通用しなくなってきている。 貿易収支が赤字基調に転じた背景には、製造企業の大規模な生産拠点の海外移転がある。海外直接投資の純資産残高は2023年末時点で257.2兆円に達している。同資産残高は2000年末時点で26.2兆円、2010年末時点で50.2兆円、2020年末時点で169.4兆円であったことから、近年も海外への投資が急速に伸びていることが確認できる。国内市場が相対的に縮小することが予想されるなか、企業は世界の旺盛な需要を取り込むために海外への投資を長期的に拡大させているのである。 貿易といえば、自国の技術の比較優位をもってして、海外へ財を輸出するといった側面がある。それと同時に輸出とは他国の代わりに製品を生産してあげる行為であり、逆に輸入は自国に代わって他国に財を生産してもらう行為にあたる。 こうした観点からみると、輸出は労働力が豊富な国からそうでない国に向かって行われるという側面もあり、時には二国間の貿易の不均衡をもってして失業の輸出をしているというような言われ方をすることもある。 『ほんとうの日本経済』では国内の労働市場を主に分析の対象としてきたが、労働市場は必ずしも国内で閉じるものではない。開放経済のもとでは、国内の労働市場は海外のそれとも緩やかにつながっているのである。 国内の企業が海外の労働力を利用しようと思ったときに選択肢になるのは、前述の海外直接投資があげられる。投資を行おうと考えたとき、企業はあらゆる選択肢の中で最も投資収益率が良い投資先に投資しようとする。投資対象国のマーケットが今後大きく成長し、高い収益を期待できるのであれば、国内への投資より当該国への投資を優先しようと考える。あるいは、投資対象国において安くて質の高い労働力が豊富に手に入るのであれば自国で生産するよりも容易に利益を確保することが可能であるため、企業は海外で生産しようと考える。