日本経済に何が起きているのか…「貿易収支が黒字」という常識が通用しなくなってきた事情
国内投資から海外投資へ
今後、日本の人口が減少するなかで、国内マーケットの世界におけるプレゼンスが相対的に縮小していくことは明らかである。企業の合理的な行動を前提とすれば、今後の日本で国内への投資が急速に拡大に向かうことは考えづらい。多額の資金やグローバルに通用する技術を有する国内企業は、今後も国内外問わず、最も収益を期待できる市場にその資本を投下していくことになるだろう。 これから先の長期の視点で見ると、日本の国際収支はどのように推移していくだろうか。国際収支については、発展段階説が広く知られている。 経済が未成熟の段階では自国の生産能力が低く、物資を輸入に頼らざるを得ないことから貿易収支が赤字となり債務が拡大する。その後、経済が発展していけば、次第に安い労働力を活用して輸出産業が成長し、貿易収支が黒字に転じる。そこからしばらくは貿易収支や所得収支の黒字幅拡大が続き、債権国に移行していくことになる。そして、やがて高齢化や賃金上昇などに伴って生産拠点としての国際競争力が低下し、債権を取り崩す段階へと移行していく。 国の経済発展と国際収支構造の変化をたどると、このように未成熟の債務国から成熟した債務国、未成熟の債権国、成熟した債権国へと移行していくことになる。このような理論に従えば、現在の日本は成熟した債権国の段階にあると考えることができる。 成熟した債権国の要諦は、海外の成長力をいかにして取り込み、それを国民所得の向上につなげていくかという点にある。これまで形成してきた資本や技術を活用して、効率的に高い収益を生み出すための仕組みを構築する必要があるのである。海外直接投資や海外証券投資の拡大によって所得収支が増加している現在の日本の状況は、このようにして理解することができる。 一方で、近年は現代ならではの注目を要する動きも見受けられている。インバウンドによる旅行収支の増加に反してサービス収支の赤字幅が拡大する傾向が生じているのである。 これにはGoogleやApple、Amazon、Microsoftなど米国のビッグテックへの支払いが急増していることが背景にあると考えられる。これらの企業が提供しているサービスは一見すると無料で提供されているように見えるが、消費者が直接支払うサービス購入料金やサブスクリプションはもちろんのこと、企業による広告掲載料金やクラウドサービスの利用料などを含めて、直接・間接を問わず、多大なサービス利用料が日本から米国に支払われている。 いわゆるデジタル赤字と言われる米国へのサービス料の支払い増加が日本の国民所得漏出を招いており、このような動きが強まっていけば、想像よりも早く債権の取り崩しの段階に入っていく可能性も否定できない。 国際収支はあくまで多国間でその収支がバランスすることが大切であって、黒字だから良いとか赤字だから悪いとかそういう考え方をすることは必ずしも適切ではない。 しかし、非資源国でありかつ世界に先駆けて人口減少と高齢化が進むであろう日本においては、国民所得向上のためにも、また日本円の信認を維持するためにも、これまで日本が築き上げてきた資産を最大限活かしながら、国際収支の黒字基調を極力維持することが重要になる。 つづく「日本の国内投資は減少していくウラで、伸びている「投資の正体」」では、投資の質が変わり、多くの事業者が少ない人手で効率よく生産できる体制を整え始めている実態について掘り下げる。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)