「必ず継げとは…」牛が人口の8倍 酪農の町から甲子園球児になった息子と親で進路を巡る交錯する思い
「人口の8倍牛がいる」と言われる日本一の酪農の町、北海道立別海高校が春の選抜高校野球に出場し話題になった。家業が酪農や漁業を営む部員もいる。前編:『父の背中を見て…春の選抜大会に初出場 酪農、漁業の町 北海道立別海高校ナインに迫る「進路選択」』に続き、野球部員が抱える「将来設計」という宿命に迫る。 思わず出てしまった……大谷翔平の妻、真美子さんの兄・真一さんの「ペッパーミルポーズ」 日本一の酪農の町。 北海道別海町の産業が大きくクローズアップされたのは、町唯一の高校である別海が今年のセンバツで21世紀枠候補として初めて甲子園出場を決めたからだ。 約1万4000人の人口に対し、牛の飼養頭数はおよそ12万頭。人口の8倍もの牛がいる町の生乳生産量は、年間50万トンにも上る。多少の増減はあるものの、25万トンだった昭和の後期から右肩上がりに生乳を供給している――。 普段は地方に無関心な野球ファンも、別海がメディアから注目を浴びるや酪農の町の雄大なスケールに引き寄せられた。 「別海町のことなんて知らなくて当然だよ。〝ベッコウ〟(別海高校)が甲子園に出たから、『酪農の町だ』ってみなさんに知ってもらえてね。ありがたいことです」 同校のOBでもある千田和幸さんは、不満どころか快活な表情を見せる。この「千田牧場」の3代目には、前年に野球部でキャプテンだった晃世と、1学年下でセカンドのレギュラーとしてセンバツに出場した涼太のふたりの息子がいる。長男が野球を続けるために大学に進学したことからも、和幸さんは現時点で彼らを牧場の後継者候補に置いていない。 「うちは『本人がやりたいのであれば』って感じですから。一番はやりたいことをやってもらえればいいんだけど、継ぐにしてもふたりいっぺんにはやめてねって。人数が増えると、いろいろとお金かかるから(笑)」 このような親の意向は、早い段階から息子たちも聞かされていた。涼太が高校入学に際し専門分野である酪農経営科ではなく、普通科を選んだのもそのためだ。 少しバツが悪そうに、涼太が苦笑いする。 「高校に入るときは農家を継ぐ気がなくて。親からは『いい仕事だよ』とは言われるし、自分もそうだとは思うんですけど、やっぱり休みがないとか大変だなって」 高校生の可能性は無限に広がっている。別海中央中時代に全国大会に出場し、高校でも甲子園を経験したとなればなおさらで、今の涼太が「高いレベルで野球をしたい」と意欲を打ち出すのは自然なことだ。 だからといって、将来に目を背けているわけではない。両親とひざを突き合わせて話し合っているといい、国家資格である家畜人工授精師を取得すれば「酪農にも携われる」と聞かされた涼太は、前向きに考えている。 「将来のことで迷ったりはするんですけど、やっぱり今は、夏の甲子園に出ることとか、大学で野球を続けたいって想いが強いです」 近年、全国的に農家の〝後継者不足〟が囁かれており、別海町とて例外ではない。農家の戸数は減少傾向にあり、1960年代は2000を超えていたが今は700を切っている。 現状は厳しい。だが、千田家に悲観はない。 父の和幸さんも母の千春さんも、息子たちに「やりたいことをやらせたい」というスタンスだ。 昨年に還暦を迎えた和幸さんが、朗らかに言う。 「自分も親から『やりたいことがあればやればいい』と言われたから、息子に『必ず継げ』とは言えないでしょ(笑)。農業だけじゃなくてどの仕事だっていい面もあれば悪い面もあるわけだし、いろんな経験をすればいいんじゃないかなって思います」 言葉からにじむ、寛容な親心。和幸さんが笑う。 「だからね、自分がやりたいことを一度はやってみてさ。そこでもし、農家をやりたくなったら帰ってくればいいんだよ」 戻る場所がある。それは、農家に生まれた者にとって、これ以上ない安心感である。