「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
育成年代の先にある「分断」
――育成年代の大会はリーグ戦によって強化を図るというシステムが、世界的なスタンダードなのでしょうか。 若林:そうです。レベルを分けてリーグ戦にすればたくさん試合ができて点差がつきにくく、競いながら成長できるし、楽しい。それはスポーツの本質的なところです。それに、一発勝負の大会では指導者も育ちません。負けられないから、うまい子を試合に出すことが戦術になって、その中で指導者としての戦術や交代などの戦略など、得るものがほとんどなくなってしまう。限られた競技人口の、さらに一部しか質の高い試合経験を得られないのは競技資源の配分という意味ではものすごく不合理だと思うんです。 ――勝利を優先して成長の機会を失ってしまうのは本末転倒ですね。 若林:競技構造がそうなっているのは、日本でもアマチュアの一部だけです。例えばプロ野球は年間140試合以上するし、ちゃんとレベル分けされた2軍や独立リーグがあるじゃないですか。アイスホッケーもトップレベルになったら40試合、50試合しますし、バスケもサッカーも同じように、プロや大学、一部の高校はレベル分けしてリーグ戦をやっています。スポーツは子どもから大人に向けてだんだんその形がプロになるように整えていくものなのに、育成年代は無差別級一発勝負のトーナメントで、ある年代になったらいきなりリーグ戦をやらないといけない。そこに分断があって、合理性や整合性がないんですよね。
普及は「楽しい」が正義。「甲子園は5大会ぐらいあってもいい」
――若林さんは国内外でアイスホッケーの育成年代の指導や普及にも長く携わってこられましたが、競技構造の違いが及ぼす影響をどのような場面で実感されますか? 若林:長年指導してきてわかったのは、育成年代においては特に競技を始めた時の入り口が重要で、普及においては「楽しい」が正義だということです。今は少子化が進んでいるので、昔のように「しごきに耐えた者だけが残ればいい」なんて言っていたら競技人口は減る一方ですから、指導者として子どもたちがいかに競技を続けやすい環境を作れるか。特に、競技をやり始めた時にどれだけ競技の楽しさを知ってもらうかに尽きると思います。そこで先ほどの競技構造の話に戻るのですが、せっかく始めたのに1回戦で負けたり、補欠で試合に出られなかったりしたら、たとえそこで学ぶものがあったとしても、子どもには何のためにやっているのかわからないですよね。「褒めて伸ばしたほうがいい」とか、そういう指導方針の話をする前に、そもそも、子どもが楽しい環境を提供できていないと思うんです。 ――小さい頃に「楽しい」と感じる成功体験が多ければ多いほど、大人になってからもスポーツをやめずに「続ける」という選択肢が増えそうですね。 若林:それはあると思います。育成の上でまず大切なのは「楽しさ」を提供することで、そのために子どもたちがプレーできて、失敗が許される環境を整えることだと思います。その点で興味深いのは、例えば草野球って必ずレベル分けされているんですよね。それは草サッカーも同じで、いきなりプロの人とアマチュアの人が試合をやっても面白くないからです。大人はそれができているのに、育成年代にそういうものが用意されてないのはかわいそうだなと。 ――問題点が明確なのに、その年代の構造がなかなか変わらない要因は何なのでしょうか。 若林:基本的には、人気競技である野球、サッカー、ラグビー等の伝統的な全国大会の影響が大きいと思います。無差別級一発勝負型のトーナメント形式を雛形にいろいろなスポーツが発展して、そこに美学を求めるようになってしまったようにもみえます。ただ、競技構造改革はまったく進んでいないわけではなく、例えばサッカー界ではデッドマール・クラマーという指導者の方がリーグ戦の必要性を60年くらい前から提唱していたので、早い段階で日本サッカーリーグを作ることに注力したし、さらにJリーグ創設と同時期に育成年代の教育構造を変えようとした流れが一つのアドバンテージになったと思います。その上で、2011年には高校年代の高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグが整備されたのは大きかったですね。 高校野球でも自主的なリーグ戦などが誕生していますし、アイスホッケーにおいても、特に小中学生ではリーグ戦化が進んでいる地域も出てきました。現場レベルでは確実に問題意識が広がっているということでしょう。ただ、各競技団体や中体連、高体連主催の大会等はなかなか変わる気配がありません。個人的には、日本の野球の競技人口の多さを考えれば、甲子園はレベル分けしてそれぞれの参加校を減らし、運営をコンパクトにして5大会ぐらいあってもいいと思うんですよね。