伊東氏、星野氏、平松氏が野球殿堂入り!
必要当選票数を4表上回る88票で当選した星野氏は、再資格を得て3年目での殿堂入り。現役時代は「燃える男」と言われる闘志あふれるピッチングで、中日のエース、ストッパーとして活躍、146勝121敗34セーブの数字を残したが、特にドラフト指名で因縁のある巨人に異常な闘志を燃やした。1974年には初代最多セーブ王と沢村賞を獲得する活躍で巨人のV10を阻止して20年ぶりの優勝をもたらした。1987年に戦後生まれ初の青年監督として中日監督となると「闘将」と呼ばれる激しいリーダーシップでチームを鼓舞。鉄拳制裁や乱闘にも、加わる暴れん坊ぶりで、中日、阪神、楽天と3球団にわたって優勝を経験。楽天では、巨人を倒して悲願の日本一を手にした。 3球団にまたがっての優勝は、過去に故・三原脩氏、故・西本幸雄氏と星野氏の3人しかいない。北京五輪では、侍ジャパンの監督も務め、本番ではメダルを取れなかったが、激戦だったアジア予選を執念采配で勝ち抜いた。監督生活17年間でAクラス10度、通算1181勝1043敗で、歴代10位の勝利数。 現在は楽天副会長だが、中日監督時代には落合博満のトレード、阪神では、金本知憲のFA移籍を成立させるなど、GM監督としても力を発揮した。 「私には似合わない席。野球に感謝したい。あと1週間ほどで70歳になるが、ジワジワと野球をやっていてよかったなという気持ちが沸いている。(3球団で4度の優勝に関しては)すべて最下位のチームを2、3年後に優勝させたが、運よくというか、選手のおかげ。闘将という言葉ばかりが先行しているが、データだってきちんと取っているし、考えているんだよ(笑)。まあ、そういうニックネームをつけてもらうのはありがたいことだけど、もっと他にもあるんだよ(笑)。 最下位チームを育成する秘訣? 思いやりを持つことだろう。すべてにおいての思いやり。ユニホームを脱いでからの人生の方が長いんだ。今は楽天の副会長だが、楽天だけにとらわれず、これからは少年野球、アマチュアも含めて野球界全体のことを考えて行動したい。底辺を拡大していかないと野球界は破滅してしまう」 星野氏は、そうユーモアを交えてスピーチをしたが、ゲストスピーチとして招かれた明大、中日を通じての先輩にあたる杉下茂氏には、「他のチームには目をくれずに打倒・巨人だけを考えていた。監督になってからも巨人を倒して優勝した後に『巨人に勝ったからもういいんだ』と言っていた。だから日本シリーズではずっと勝てなかった。楽天で日本一になったのは相手がジャイアンツだったから」と暴露され、「今、思えばもっと日本シリーズも真剣にやっておけばよかった(笑)。でも(楽天で優勝した)2013年は『巨人出てこい!』という気持ちだった」と、4度目の挑戦でのシリーズ制覇の理由をこう説明した。