古代ローマ「唯一最大の発明」とは? ユダヤ人に匹敵「特異な民」の強さの秘密。
「古代末期」と現在のアメリカ
――第8巻『人類と文明の変容』は、「古代末期」と呼ばれる時代です。 本村「古代末期」というと、大帝国が混乱し、衰退と滅亡に向かう時代、とイメージされがちですが、新しい文明や価値観が生まれてきた時代でもあります。「古代末期をどうみるか」というのは、欧米では最も研究が盛んになっている分野なのです。特に注目すべき事象は、「キリスト教の発展」と「異民族の流入」でしょう。 地中海世界というのは、それまで一貫して多神教世界でした。ユダヤ教は一神教ですが、そんなに布教活動をする宗教ではありません。 ところが、キリスト教っていうのは、神は唯一で、それ以外の神々は認めない。それまでの多神教徒からみると、これはほとんど無神論なわけです。ローマ史を学んでくると不思議なもので、ローマ人がキリスト教徒を迫害したくなるのがわかってくるような気がしてくるんですよね。「自分の神しかいない」なんて言われたら、たしかに腹が立つだろうなという。 それが、やがて帝国内に広まり、国教の座を占める。さらに5世紀には、キリスト教徒の異教徒への迫害も始まります。歴史というのは、なぜこんなことが起こるのか――。 本村4世紀初頭に帝位についたコンスタンチヌス1世は「大帝」と呼ばれ、キリスト教を公認したことで知られますが、この時代、キリスト教徒はまだまだ帝国内では少数派でしょう。 リーダーとしての力量でいえば、ディオクレティアヌス帝のほうが私は大きい存在だったと思います。3世紀の危機と言われる内乱を収拾して帝国をまとめるのですが、キリスト教徒の「最後の大迫害」を行います。そのために、キリスト教中心のヨーロッパの歴史観のなかでは評価が低くなっているわけです。 異民族の侵入にしても、たとえば「ローマ帝国を滅ぼそう」と思って侵入してきたゲルマン人はいない。ローマ市民になろうとしてやってくるわけです。むしろかつての大帝国は、すでに辺境の警備や軍事力の中核としてゲルマン人に頼らざるを得ない状況でした。そのなかで、帝国の一体性やローマ市民の特権をいかに維持していくか――つまり、現在のアメリカやヨーロッパが抱える問題とも非常に似ているのです。 このように、「古代末期」という時代は、現代に通じるテーマでもあり、研究の進展も大きいので、どう描いていくべきか、書き進めるのは大変ですが、自分でも楽しみなところです。 ※「日本人にとってのローマ史」について語ったインタビュー前編〈古代ローマは「人間」が面白い! 歴史学者がそこに着目してこなかった理由とは。〉も、ぜひお読みください!
本村 凌二(東京大学名誉教授・歴史家)