”登板過多”の済美・安楽 アメリカでも注目されている甲子園
夏の愛媛県大会では、準々決勝から3試合連続で無四球完投。5試合の球数は、40回1/3で506球だった。取材をした6月1日の練習試合では2試合に登板したが、1試合目の京都外大西戦の9回にマウンドを上がると、三者三球三振をマーク。続いて行なわれた滝川二校戦では、7回を投げて3安打、12三振を奪った。球数は計8回で、わずか86球。合わせて15三振も奪いながら、この球数は次元の違いを見せ付けていた。 ただ、球数を抑えるピッチングを目指す裏には、こんな思いもあった。 「自分がケガをしてしまったら、日本のやり方が否定されてしまう。だから、ケガには細心の注意を払っている」 彼は、春の甲子園での772球がどんな波紋をもたらしたかを理解している。テレビカメラの向こうには、批判を繰り返したアメリカの目がある。それを意識した上で、自分が日本の伝統の火を消すわけにはいかないという思いを口にした。 その日本の伝統に対する是非についてはここでは触れないが、彼はこう続けた。 「ケガをしてしまったら、それは自分の責任です」 彼自身、投げすぎによってケガをしてしまうかも、という恐怖感は否定していない。ただ、それは防げるとものだと考えている。必要なケアであったり、練習を怠れば、代償を払わなければならない・・・。 16歳が背負うには重いもの。それを聞いた上甲監督は、言葉を詰まらせた。 「そうですか、そんなことを言っていましたか・・・」 監督は、日米で沸き起こった批判も十分に承知していた。もっともそれ以上に、故障に敏感だった。 「子供たちの中には、10の痛みなのに、1とか2しか訴えない子がいます。その逆もいますが、安楽はまず、『痛い』とは言わない。だからこちらが、しっかり様子を観察するしかない」 故障を防ぐ意識も高い。上甲監督はかつて、製薬会社に就職。その後、薬店を開いた。体を学び、なぜ、ケガをするかに監督職に就く前から関心が高かった。そして今なお、常識さえ疑う。 「今はみんな、投げた後に肩を冷やしますよね。安楽もやっていますが、それは絶対なんでしょうか?」 聞かれた米記者らは戸惑った。さらに上甲監督が尋ねる。 「日本の投手は、アメリカに行くと、なぜケガをするのでしょう?」 取材直前、同じ四国出身の藤川球児が右ひじを痛め、手術をすることになった。松坂大輔、和田剛、田沢純一ら、ほかにもアメリカに渡ってから故障した例は枚挙に遑(いとま)がない。アメリカは揃って、「日本での投げ過ぎが原因だ」と決めつけているが、本当にそれだけなのか? 日本とアメリカの食生活の違い、調整方法の違い、野球のボールそのものの違いはどうなのか? 監督としては、いろいろな要素を考え、自分の選手たちの故障をどうやったら未然に防げるかを、考えてきた。そんな思いを聞き、今度は米メディアのほうが言葉を失っている。 ただ、批判に耳を傾けないわけではない。今のあり方が正しいのか。監督は常に自問自答する。 こんな話を始めた。 「松山とアメリカのサクラメント(カリフォルニア州都)は姉妹都市なんですよ。それで、何年が前に交流ということで、サクラメントの高校の野球チームが来たことがありました。そのとき、向こうの子供たちは、もの凄い楽しそうに野球をやっていたんですよね・・・」 その先の言葉は濁したが、そういう野球があるという事実は、監督にどんな影響を与えたのだろう。