早見優 父の背中を追ってジャズシンガーへ きっかけは22歳で元事務所から受けた厳しすぎる宣告
歌手の早見優(58)が13日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。22歳で事務所から「歌は難しい」と宣告された過去を明かした。 1982年に16歳で「急いで!初恋」でアイドル歌手としてデビュー。同期は松本伊代、堀ちえみ、小泉今日子、三田寛子、シブがき隊、中森明菜、石川秀美らがおり、“花の82年組”として注目を集める。翌83年に発売したシングル「夏色のナンシー」がヒットし、NHK紅白歌合戦にも初出場する。 司会の黒柳徹子から「あなたのお父様はジャズ歌手なのね」と話を振られると、早見は「そうなんです。父はずっと米軍のクラブで歌ったりしていて」とジャズシンガーの父・井上良さん(享年72)について語った。 さらに「22歳の時に、事務所から宣告を受けるんですね、“もう歌は売れない年齢だから、歌は難しい”って」と当時の所属事務所から“歌手活動終了”の宣告を受けていたことを告白。「とても落ち込んでいる時に父に相談したら、“売れるばかりが歌じゃないよ、聞いてくれる人が1人でもいるなら歌い続けたほうがいいよ、これからあなたもジャズの歌い始めなさい”って誘ってもらって、22歳から父と一緒にジョイントでジャズライブ、一緒にスタンダードのジャズを歌って」とジャズ歌手としてもスタートを切ったきっかけを振り返った。 「“ポップスは8ビートだけど、ジャズはビートなんだよ”って、リズムの取り方とか、“いっぱい聞いて勉強しなさい”ってアドバイス受けました」と早見。「ジャズを歌う時とか、こういう仕事をする時には毎日が本日開店!という気持ちで、新鮮な気持ちで初心忘るべからずで仕事に向かうといいよって言われましたね」と話した。 父や2人娘たちとの3世代ライブも実現したといい、「父がまだ元気な時に3世代で同じステージに立ちたいっていう気持ちがあって、娘たちがが8歳と6歳の時ですね。3世代でステージに立ちました」と早見。「この翌年に父亡くなってしまったんですけど、この時は凄く元気で」と懐かしんだ。