『虎に翼』が達成した“おじさんの問題”の普遍性 寅子が“強く”なったからこそ描けたもの
いよいよ残り1週間(5回)となったNHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『虎に翼』。 【写真】法服でクランクアップ! 笑顔の伊藤沙莉 本作は日本の女性初の、弁護士、判事、裁判所所長となった三淵嘉子をモデルとした寅子(伊藤沙莉)の半生を描いた朝ドラだ。 物語は昭和6年(1931年)から始まる。女学校を卒業し、明律大学女子部法科に進学した寅子は、やがて日本人女性で初めての弁護士になるが、妊娠出産のために一度キャリアを断念することになる。 『虎に翼』の序盤は、寅子が法律を学び、弁護士を目指そうとする中で、障壁となる男たちと、彼らが牛耳る男社会によって女性が苦しみ虐げられてきたかを繰り返し描く。同調圧力で女性の意見を封じこめて、「スンッ」と萎縮させる男社会に対し、「はて?」と疑問を呈示していくのが寅子の魅力であり、男社会に立ち向かい、自分の意見を主張する朝ドラヒロインとして賞賛された。そんな寅子の女性が社会で働くことの困難と、太平洋戦争に突入していく戦時下の日本の姿が同時進行で描かれる。 『虎に翼』は寅子たちの日常生活と、激変する日本の社会情勢の物語を同時進行で描くことが多く、終盤では少年法の改正で揺れる家庭裁判所で働く寅子が、非行少年たちと向き合う姿が、盛り上がった学生運動がやがてあさま山荘事件という悲劇を迎える1960~70年代の世相と同時進行で描かれている。 これは戦前・戦中・戦後を生き抜いた女性の物語を描いてきた朝ドラの流れを忠実になぞっているとも言えるが、戦争のような現在進行形の大状況に対して、寅子たちが関心を持たずに日常の一部として受け流していたことが、序盤のリアリティを底上げしていたように思う。 今振り返ると、寅子たち個人の日常と戦争によって激変する国家の物語は並列して描かれており、寅子が弁護士となって苦労した末に妊娠でキャリアを断念する物語と、戦争で疲弊して敗戦に向かう日本の状況が鏡合わせになっていた。 第152話で弁護士の山田よね(土居志央梨)は「暴力は思考を停止させる。抵抗する気力を奪い、死なないために、全てを受け入れて耐えるようになる」と言う。この台詞は虐待を続ける父親を殺害してしまった女性を擁護した言葉だが、戦時下の極限状況で何も考えることができなくなった寅子たちの姿と重ねることもできる。 おそらく寅子は、戦時下に思考停止してしまったことに対する悔いがあるからこそ、戦災孤児の問題や原爆裁判に積極的に関わるようになったのだろう。戦後に時代が移ってからの方が、戦争に対する言及が多いのもそのためで、精神的余裕、経済的余裕が生まれて初めて人は過去を振り返ることができるというのが、本作の描き方だ。