『虎に翼』が達成した“おじさんの問題”の普遍性 寅子が“強く”なったからこそ描けたもの
家族との間に溝ができる第15週から男性は寅子に共感?
やがて戦後になると、寅子は家族を養うために法律の世界に戻る。家庭裁判所設立に関わることで寅子は認められ、判事補として働くことになるのだが、家庭を蔑ろにしたことで花江(森田望智)たち家族から家族会議で糾弾される。 朝ドラとして楽しみながらも、観ていて居心地が悪く、作品に距離を感じるというのが『虎に翼』序盤の印象だった。それは筆者が男性で、寅子たちを苦しめる男社会の側の人間だからだ。だから、寅子の気持ちが理解できると思うことは強者の傲慢で、簡単に理解できると思ってはいけないと自制してしながら慎重に物語を見守っていたのだが、寅子がアメリカ視察から帰国し、家族との間に溝ができる第15週から、素直に共感できるようになっていった。 仕事に手応えを感じ始めていた寅子は、忙しさにかまけて家族を蔑ろにし、娘の優未(竹澤咲子/毎田暖乃/川床明日香)の変化にも気づけなかった。同時に後輩の女性に対しても成功者の立場から傲慢に振る舞ってしまう。その振る舞いは無自覚なものだったが、無自覚だからこそ自分がいつの間にか強者となって若い女性を「スンッ」と萎縮させていたのである。その後、虎子は新潟地方・家庭裁判所に赴任し、優未と2人で暮らすことで親子の関係を改善しようと奮闘するのだが、ここでの寅子の悩みは序盤とは全く違うものである。 『虎に翼』のようなフェミニズム思想を軸に置いた男性社会における女性の生きづらさを描いた作品は、弱者の側から「はて?」と男(社会)を批判するものは多いが、弱者である女性が社会的立場を獲得して強者となった時にどう振る舞うべきか? という問題を描いているものは、あまり多くない。 それだけ現在の男社会が盤石で揺るぎないと思っている人が男女問わず多いことの現れなのだろうが、社会的地位が高くなった女性が、自分より弱い存在とどう向き合うべきか? という将来の難題に対し、『虎に翼』は果敢に挑んでくれた。 寅子の問題意識は、自分の一挙手一投足がハラスメントにならないかと常に気にしている今のおじさんたちが抱えている悩みそのものだ。 性別や思想にかかわらず、人は年をとって偉くなると、“おじさんの問題”と必ず直面する。この普遍的な問題を、女性の立場から描いたことは『虎に翼』の大きな達成だったと思う。
成馬零一