引き立つ大谷翔平の清廉さ、対照的な20年以上前の全米屈指の”ワーストディール”と評判の後払い方式とは
ドジャースとのメガディールを成立させた大谷翔平だが、10年総額7億ドル(約1015億円)の契約総額のうち、97%をも後払いとした清廉さに賞賛の声が絶えない。選手としてプレーする2033年までの10年間は、手にする年俸は200万ドル(約2億9000万円)に過ぎない。入団会見では「ペイロール(チームの総年俸)に柔軟性を持たせられるのであれば、僕は全然後払いでいいです、というのが始まりです」と説明した。 【画像】ドジャースのユニホーム姿をお披露目!大谷翔平が”決意表明”した入団会見の様子 争奪戦の中で、大谷が何よりも求めたのが「勝てるチーム」であること。だが、メジャーリーグではチームの総年俸が一定の額を超えたチームには「ぜいたく税」として課徴金が科される。莫大な年俸になることが確実だった大谷は、自身がチームの補強の足かせとなることを嫌った。「勝てるチーム」となるために全力で補強を進めてもらうため、後払い方式を自ら申し出たのだ。 さらに周囲を驚かせたのが「無利子」という点だ。通常、後払い方式が選択される際には、その分に金利が乗せられる。そうでないと選手側には旨味が一切ない。利子が付く代わりに、後払いを受け入れる、というのが通常の構図だ。だが、大谷の後払いには金利が一切付かない無利子という。 清廉さを対照的に浮き彫りにする、メジャーリーグでも指折りのワーストディールがある。悪名名高いのがメッツとボビー・ボニーヤの後払い契約である。 ボニーヤはプエルトリコ出身の、オールスター選出6度を誇る名外野手だった。1997年にはマーリンズの一員としてワールドシリーズ制覇に貢献した。1999年はメッツでプレー。プレーオフ進出に貢献したが、敗退したナ・リーグ優勝決定シリーズ中にロッカールームでトランプに興じていたことが発覚し、球団から解雇された。 この時点で翌2000年、年俸590万ドルの契約が残っていた。支払い義務はメッツに残る。そこでメッツは後払い方式をボニーヤ側へ提案。年率8%もの金利を乗せて、2011年から25年間、年120万ドルを支払うことで両者が合意した。 ボニーヤは2001年限りで引退。その後、2011年から毎年7月1日に、メッツから120万ドルが支払われ続けている。8%の金利が乗り、支払いも10年以上遅らせたために、この残額の支払いはボニーヤが72歳になる2035年まで続く。2035年までに支払われる合計は2980万ドル(約43億円)にものぼり、590万ドル(約8億5000万円)の支払いを先送りしたがために、莫大な額に膨れ上がった悪例として名高い。メッツファンは皮肉を込めて、毎年7月1日を「ボビー・ボニーヤ・デー」と呼ぶ。 大谷の後払いも、数%の金利を乗せれば種銭が莫大なために、大谷の手取り分が大いに膨らんでいた可能性が高い。そこは拒んで、チームのために示した献身的な姿勢。ボニーヤが残した悪名と、実に対照的な名声が賞賛されるわけである。 [文/構成:ココカラネクスト編集部]