意外と誤解しがちな憲法の基本
斎藤 一久(明治大学 法学部 教授) ほとんどの人が小学校で習う日本国憲法。日々のニュースでも「憲法違反」とか「合憲」といった言葉をよく耳にします。ところが、法律をつくる政治家たちですら、その基本を理解していないことがあるようです。憲法は何のためにあるのか。近年の事例を参照しながら、あらためて考えてみましょう。 ◇国民に憲法を守らせる? ある大学の講義でのことです。私が最初の授業で「あなたは憲法にどのようなイメージを持っていますか?」と訊ねたところ、教員を目指しているという学生からこのようなレポートが返ってきました。 「社会に出たら憲法を守らないといけません。学校のルールを守るのはその練習です。教壇に立ったら、そのことをぜひ生徒に伝えたいです」 教育にかける熱い気持ちが伝わってきます。ですが憲法学者として言わせていただくと、ちょっと間違っています。 まず、「国民は憲法を守らないといけない」というのがおかしい。イギリスのマグナ・カルタを思い出してもらうと分かりますが、憲法とは国家と国民との約束事であって、憲法を守らねばならないのは国(国家)です。 憲法は、国家がやるべきこととやってはいけないことを定め、それによって国家権力を制限し、国民・市民を守っています。これが憲法学の考え方の基本中の基本になります。 とはいえ、一般的に流布している直感的な理解と学問上の正しさが異なるケースが多々あることも事実でしょう。 たとえば、2012年に自民党が発表した「自民党憲法改正草案」には〈全ての国民は、この憲法を尊重しなければならない〉(102条)という条文が新設されていました。 当時、自民党は下野しており、保守的な傾向も含めてやや極端な内容の草案ではあります。しかしながら、たとえ国民の直感的理解に沿っているのだとしても、これは憲法に則って政治を行う立憲主義を完全に逆転させる発想ですから、極めて問題があります。 では、なぜ多くの人が「国民は憲法を守らなければいけない」という(憲法学では誤った)考えを受け入れてしまうのか。理由はいろいろと挙げられますが、ひとつには「ルールや法律を守らなければならない」という教えの延長で「最高の法律である憲法も当然守らなければならない」と思っているのではないのでしょうか。 ここにも落とし穴があります。たしかに、たいていの場合はルールや法律を守らなければいけません。しかし、憲法は人の「自由」や「平等」を保障しています。ですので、「自由」を制限したり「平等」を無視するようなルールや法は、実は、守らなくてもよいのです。 このように説明すると「じゃあ法律を破っても捕まらないんですか?」と言う人がいるかもしれませんから、別の文脈で解説してみましょう。 一般的に、法律は国会での多数決によって決定されます。ゆえに「99」対「1」になったときに「1」の人の自由を侵害してしまう可能性があります。一方、憲法はたとえ「99」対「1」になったとしても「1」の人を守るのが原則です。したがって、基本的にはルールや法律の妥当性を疑ってかかるのが憲法学の立場になります。 民主主義国家の構造において、多数派は自然と利益を得やすい状況にありますが、国家権力は間違いも犯します。だからこそ、憲法を学ぶ上で「権力への懐疑」と「少数へのまなざし」という観念を持ってほしいと思います。