NGリスト問題と株主総会/危機管理の切り口から見る近時の裁判例(その4)
本記事は、 西村あさひ が発行する『N&Aニューズレター(2024/8/30号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。
I NGリスト問題と株主総会
執筆者:木目田 裕 故ジャニー喜多川氏による性加害問題に関する旧ジャニーズ事務所の記者会見に関し、いわゆるNGリスト問題については旧ジャニーズ事務所が公表しているとおりであり※1、記者会見当日の録画結果からも明らかなように記者の指名NG扱いなどはありませんでした。このNGリスト問題をめぐり、株主総会と絡めた報道やコメントがありました。 ※1 旧ジャニーズ事務所(現スマイル・アップ社)による2023年10月10日付け 「NGリストの外部流出事案に関する事実調査について」 。なお、同社による2024年8月27日付け 「NGリストの外部流出事案に関する弊社委託先による調査結果の受領について」 も参照。 本稿では、株主総会運営の実情に詳しくない方が誤解しないように、株主総会での株主の質問の取扱いや登壇役員の拍手に関して説明します※2。 ※2 なお、本稿は私の個人的見解であり、旧ジャニーズ事務所の見解ではありません。 1.株主総会での株主の質問拒否の違法・不当性 NGリストと絡めて、株主総会を平穏に乗り切るために、「要注意株主をマークして、株主総会で質問させない」というやり方があるかのようなコメントがありました。 法律家や株主総会の実務に関わっている方であれば自明のこととは思いますが、株主総会で特定の株主を意図的に指名しない、質問させないというのは、違法不当な行為として株主総会決議の取消しや無効の原因になり得るので、まともな弁護士であれば、そのような違法不当とされる可能性のあることを会社にアドバイスしません。 株主総会において、意図的に特定の株主に質問をさせないようにすることは、決議事項や報告事項に関し、会社(つまり取締役等)に説明義務違反(会社法314条違反)があったとされる可能性が高く※3、会社に説明義務違反があったとなると、決議の結果に影響を与えなかった場合などを除いて、株主総会決議は、決議方法の法令違反として取消し(場合によっては無効)になります※4。 ※3 もちろん、株主総会にも時間的・物理的制約があるので、株主総会で、会社は株主の質問を全て受け付けて回答する必要まではなく、議案の審議や採決等に関連して必要な範囲で株主の質問を受け付けて回答すれば足りるとされています。 ※4 「一般に、株主に質問の機会を与えないことや説明義務の懈怠は決議方法の法令違反であり、場合によってはその著しく不公正事由に該当すると解されている。」と指摘されています(上柳克郎ほか編代『新版 注釈会社法(5)株式会社の機関(1)』(有斐閣、2002年)156~157頁〔森本滋〕)。岩原紳作編『会社法コンメンタール7-機関(1)』(商事法務、2013年)245頁、266~267頁〔松井秀征〕も同旨。 また、会社が最初から特定の株主に質問させないことで株主総会から排除するわけですので、決議の結果にいかなる影響を与えたかにもよりますが、決議方法として「著しく不公正」という点でも株主総会決議が取り消される可能性が高いと思われます。ここで述べていることは会社法の基本的な知識レベルのことです。 そもそも、どのような質問であろうと、株主総会で株主から遠慮なく質問してもらうことで何の支障もなく、会社(取締役等)側は、答えるべきでないことであれば「回答を差し控える」等と回答してもよいわけですから、わざわざ、株主総会決議の取消しや無効を招くようなリスクが高いことをする意味はありません※5。 ※5 なお、株主総会の議長(社長や会長が務めることが一般的です)は、特定の株主がその指示に従わずに不規則発言や長時間の発言を繰り返して議事進行を妨害するのであれば、議長の議事整理権に基づいて、その株主の発言を禁止したり、総会会場からの退出を命じることが可能です(会社法315条1項「株主総会の議長は、当該株主総会の秩序を維持し、議事を整理する」、同条2項「株主総会の議長は、その命令に従わない者その他当該株主総会の秩序を乱す者を退場させることができる」)。記者会見と株主総会を対比して論じるという観点からは、今後は、記者会見についても、記者会見会場の施設管理権に基づく秩序維持など、法的な観点からの議論の整理が必要になります。 以上のとおり、株主総会を平穏に乗り切るために、「要注意株主をマークして、株主総会で質問させない」などという、違法不当とされ得るような手法は、まともな会社や弁護士であれば行うはずはありません。 だから、株主総会に関し、弁護士が会社にそのような違法不当な行為を助言することがあるなどと誤解しないように注意して下さい。 2.株主総会での会社(取締役等)側による拍手 旧ジャニーズ事務所による昨年10月2日の記者会見の途中で、登壇者の1人が不規則発言を自粛して司会進行に従うように要請し、会場の記者の圧倒的多数が賛同して拍手しました。私自身も、登壇者の1人として完全に同感であり、こうした要請を行うことは正しいことだと考えたので、会場の記者と一緒に拍手して賛同しました。 ところが、NGリスト問題の批判報道を契機に※6、一転して、不規則発言の自粛要請までもが手のひらを返したように批判されることになり、かかる批判の中には、私が壇上で拍手したことを株主総会との比較で批判するものもありました。 ※6 NGリストをめぐる報道は、多くの方が生中継で見ている中で(学生や未成年者の視聴可能性に照らして教育的配慮も必要なのに)、司会進行に従わずに不規則発言を繰り返すことが是認されるかのような誤解を社会に招くことになったのではないか、検討が必要です。 こうした報道の在り方や記者会見の商業化・ショー化※7等について論じることは別の機会に譲るとして、「株主総会での会社(取締役等)側による拍手」という点については、以下のとおりです。 ※7 朝日新聞2023年12月1日朝刊13頁「(耕論)記者会見に求めるもの」参照。林香里氏、石破茂氏、石戸諭氏(氏名は掲載順)の各コメントは、示唆に富み、検討すべき内容が多いと思います。なお、NGリストの強い批判報道を受けて、「物言えば唇寒し」ということで、不規則発言等の禁止・制限という点について、批判を恐れて正論を回避するようなことになっているのではないか、という問題もあります。 株主総会で、議案や株主からの動議を拍手で採決する場合に、会社側、つまり壇上の取締役・監査役や事務局等(以下一括して「取締役等」といいます)が拍手することは、原則として、ありません。 その主たる理由は、株主である取締役等が採決で拍手すると、事前の書面・電磁的記録による議決権行使や議決権行使の委任との関係で、議決権の二重行使という問題を生じるからです。 取締役等の大半は、自社の株主でもあり、議決権を保有しています。株主総会では、取締役等は、事前に議決権行使書面(電磁的記録を含みます。以下同じ)で議決権を行使することが少なくありません。取締役等が事前に議決権を行使済みなのに、その取締役等自身が壇上で自分で拍手して議案に議決権行使をすると、議決権の二重行使になってしまいます※8。 ※8 議決権二重行使の場合の処理方法について、久保利英明=中西敏和著『新しい株主総会のすべて』(商事法務、改訂2版、2010年)197頁以下〔久保利英明〕を参照。 また、取締役等が事前の議決権行使をしないケースもあります。その場合は、総会会場での動議対応の観点などから、取締役等は、自己の議決権行使について、会社の総務部長など従業員でもある株主に委任することが一般的です。会社の総務部長などが、取締役等から委任を受けて、その取締役等の代理人として、株主総会の採決で拍手して議決権を行使します。それにもかかわらず、その取締役等自身が壇上で自分で拍手して議決権行使をすると、議決権の二重行使になってしまいます※9。 ※9 もちろん、こうした二重行使があっても、上場会社では、株主による事前の議決権行使で株主総会の時点では議案の採否が採決に先立って事実上決まっていることが大半であり、いわば賛成の上に賛成を重ねるに過ぎない、ということで、例えば、議案の賛否が拮抗している場合や総会当日に会場で提出された動議であって賛否が微妙といったような特別な場合を除き、株主総会決議の取消し等を招くような瑕疵にはならないと思われますが、いずれにせよ、取締役等が、議決権の二重行使などという指摘を受けて、株主総会決議の違法不当につながるような拍手をわざわざ行う必要もありません。 株主総会で取締役等が賛否の意思を表示すること自体は何も問題ありません。例えば、株主から株主総会の議案について株主提案があった場合、取締役らが反対であるとして公に反論をすることもあります。また、株主総会で株主から動議があった場合に、議長(社長や会長)が、採決の前に「議長としては動議に反対(あるいは、賛成)です」と言うことに問題があるとはされていません。 以上のように、株主総会で壇上の取締役等が拍手しないのは、主として、株主総会に特有の議決権二重行使の懸念に基づくものであり※10、株主総会で取締役等が賛否の意思を表示すること自体は問題があるとはされていません※11。 ※10 そのほか、次の理由から、登壇している取締役等の議案への賛否の表示は、見た目としても違和感を生じさせる場合があるとされています。第一に、株主総会では、登壇している取締役等は、自己の選任議案などについて、議案提案者として株主に賛否を諮る立場です。第二に、社外取締役や社外監査役など必ずしも自社の株を保有していない取締役等もいるため、取締役等の登壇者も会場の出席株主と一緒に拍手することになると、壇上で、拍手する取締役等と拍手しない取締役等とが生じることになってしまいます。議決権二重行使のような法的問題とは異なりますが、こうした株主総会に固有の理由も、登壇している取締役等が拍手や挙手等をしない理由です。 ※11 森・濱田松本法律事務所編・宮谷隆=奥山健志著『新・会社法実務問題シリーズ・4 株主総会の準備事務と議事運営』(中央経済社、第5版、2021年)344頁以下は、「筆者として、役員席に登壇する役員が株主でもある場合、(1)事前の書面投票もしくは電子投票によって議決権行使を行う、また、(2)総会当日株主席に出席予定の他の株主(一般的には大株主からの包括委任状の受任者となる者と同一の者を指定することが多い)を代理人として出席させ、同代理人を通じて議決権行使を行う、のいずれかの対応をお勧めしている(手続的動議への対応のために当日出席とする必要がある場合は(2)となる)。・・・(中略)議案への賛否が拮抗している状況であるが、何らかの事情で(1)(2)の方法が行いにくいという場合には、採決方法にあわせて、登壇役員自身が議長席あるいは役員席において、拍手をしたり、挙手をしたりすることも躊躇すべきではないと考える。」(強調は当職による)と述べています。 それにもかかわらず、株主総会で取締役等が拍手しないことを理由に、記者会見で登壇者が賛否を表示して拍手することを批判するのは、株主総会についての誤解に基づくものと思います。