『藍を継ぐ海』著者、伊与原 新さんインタビュー。「どの土地にも知られざる継承があるんです」
「どの土地にも知られざる継承があるんです」
ここで語られる五つの物語はすべて、日本の異なる地方――山口、奈良、長崎、北海道、徳島が舞台となっている。登場する人物たちはみな、置かれた環境も抱える事情もさまざま。都会から逃れて山奥へ移住したWebデザイナーの女性もいれば、海辺の町でウミガメの卵を孵化させ一人育てようとする中学生の女の子もいたり。ただ、何かを抱えている、ことだけは共通している。 そんな人物たちが、それぞれの土地に長らく伝わってきたものと意図せず関わっていく中で、失われた土地の記憶が解き明かされていく。この現代の日本にもまだこんな風景が残っていたのか、という純粋な驚きがそこにはある。 「僕自身の体験なんですよ、すべて。『そんなことがあったんだ?』と知って、その驚きをここに書いているようなところがあります」
と、伊与原新さん。たとえば、冒頭の萩焼を巡る物語。山口の離島へ地質の調査に向かう若き女性研究者が、船で乗り合わせた男と偶然関わり、萩焼の絶妙な色味を出すといわれる伝説の土を共に探すこととなる。が、実は当初「萩焼のことは何も知らなかった」伊与原さん。小説の題材としての土を漠然と考えていたところ、人間と関わる土として焼き物があると思い至ったが……。 「粘土はただの細かい粒の砂ではなく粘土鉱物という特殊な鉱物でできているから、焼いたら固まる。人々はそんなことを知らず、焼成してみたら水も漏れない器ができた。理屈ではなく、そこに気づいたというのはおもしろいな、と」 そうした思いから、萩焼の歴史や成り立ちについて調べていくと、使われている粘土の一つとして見島土(みしまつち)の存在を知った。 「なんでこの島の土が配合に必要なんだろうという興味から、いろいろと調べていったんです」
書いていて知らないことばかり、日本は広いなと思いました。
そのようにして、初めて知ったことばかりを書きました、と伊与原さんは笑う。調べていくうちにだんだんとわかってきたことをそのまま小説に取り入れた。主人公たちと同じ経験を実際にした当人が書いているのだから、おもしろくないわけがない。 また、一冊を通して、それぞれの土地を調べていくうちに新しく発見することが多々あったという。 「日本は広いな、と思いました。書いていて知らないことばかり、行ってみたいところばかりです」 何もかもが明らかになっているような気がする現代の日本には、まだまだたくさんの隠された物語が存在するのだ。そうした、かつて確かに存在した土地の記憶を辿ることで、癒やされていく人々の姿がここでは描かれていく。同時に、ところどころにちりばめられた「どうしてなんだろう?」「何があったのだろう?」という土地や人を巡る不思議や謎。それを物語の人物たちと共に解き明かしていく楽しみが共有できる。まさしく極上のミステリだ。