東京銭湯ツーリズム──羽田空港周辺で味わう「銭湯特区」大田区の公衆浴場文化
堀田 純司
開放感あふれる大きな湯船で心身の疲れを癒やし、誰もが日々気軽に利用できる銭湯は、一般家庭に風呂が当たり前にある現代でも根強いファンを持つ、昭和ノスタルジーが色濃く残る文化だ。羽田空港がある東京・大田区は「銭湯特区」を名乗り、特色ある銭湯が点在するエリア。その魅力の一端を紹介する。
「東京の温泉郷」大田区
羽田空港の所在地「羽田」の歴史は18世紀、鈴木弥五右衛門(やごえもん)という人が進めた干拓事業から始まる。彼は、多摩川河口の干潟に堤防を築き、農地を開墾しようとした。その事業は19世紀初頭、将軍徳川家斉(いえなり)の代になって完成し、羽田に農村が誕生した。 しかし堤防は、東京湾の波のためにしばしば補修が必要となり、ついには大穴が開く危機に直面する。村人たちは堤防の守り神として祠(ほこら)をつくり、それが現在の穴守稲荷(あなもりいなり)神社のルーツとなった(「東京羽田 穴守稲荷神社社史」)。「稲荷」とは「稲がなる」という意味。命の根源を表す言霊(ことだま)で、衣食住といった私たちの暮らしに広大な神徳を及ぼしてくださる神様だ。 特に、もとは羽田空港の敷地にあった穴守稲荷神社の場合は、空の旅の安全を祈願する人がいて、航空会社のJALは、この神社とコラボした御朱印帳(ごしゅいんちょう)を発売している。 羽田地域は神社の門前町として栄えたが、20世紀を目前とした1894年に鉱泉が発見され、鉱泉宿街ができた。「鉱泉」とは厳密にいうと法令で規定された分類があるのだが、一般的には有効成分を含んだ泉水のことをいう。これを沸かして「温泉」として入浴すると、美容や健康へのポジティブな効果が期待できるのだ。 今はもうこの鉱泉宿街は残っていない。しかし羽田空港のある大田区はその伝統を受け継ぎ、現代でも多くの温泉がある。 日本では各地で古くから、誰でもお手軽に入浴できる「公衆浴場」が運営されてきた。それは「銭湯」と呼ばれるのだが、大田区には中心地の蒲田をはじめとして、温泉に入浴できる銭湯が多くある。 「黒湯」と呼ばれるそのお湯は褐色をしており、見た目から独特。はるか古代の植物に由来するという珍しい泉質のため、温泉地からわざわざ、東京の大田区に入浴しにやって来る人もいるそうだ。実際に実感として美容や健康に優れた効果があり、大田区とは実は、非常に恵まれた「東京の温泉郷」でもあるのだ。 大きな浴槽があったり、サウナもあったりと、どこもそれぞれに魅力があるのが銭湯なのだが、この記事では羽田空港からアクセスのいい、3軒の温泉銭湯を紹介したい。