中山美穂さん急逝…15歳の”ミポリン”と共演した中森明夫が明かす、デビュー直後の姿と「いまも忘れられない思い出」
中山美穂が亡くなった。享年54。ショックである。本来なら「さん」づけで呼ぶべきだが、大スターのミポリンだ。むしろ敬称を略させていただきたい。 【写真】女優・竹内結子さん…彼女が落ちてしまった「死へと至る道」
14歳での鮮烈なデビュー
1985年1月、TBS系ドラマ『毎度おさわがせします』で女優デビューした。ツッパリ少女・のどか役で一人称は「オレ」。鮮烈だった。 コメディタッチで思春期の少年少女の性を明るくおおらかに描いたこのドラマは、エッチなシーンが続出し話題になる。C-C-Bのテーマ曲『Romanticが止まらない』とともに大ヒットした。中山も、下着姿で男子と一緒にベッドに寝そべる大胆シーンを演じて話題をかっさらっている。当時、彼女は14歳の中学3年生。現在の放送基準では、およそ考えられない。 同年6月、シングル曲『C』で歌手デビュー。作詞・松本隆、作曲・筒美京平という黄金コンビである。《Tシャツを脱ぎながら入り江に走る 見ないでね 約束よ》《Cから始まる 恋のバラード》と、15歳の少女が唄うにはあまりにも大胆だ。山口百恵の『青い果実』や中森明菜の『少女A』を連想したが、しかし、いきなり《Cから始まる》とは……。
歌手として、女優として…無二の存在だった
デビュー時の彼女が生でこの歌を唄うのを、私は間近で目撃している。「えっ、この娘、15歳って……マジか!?」と心臓がドキドキした。テレビ東京の朝番組『おはようスタジオ』で共演したのである。 当時、私は25歳で“新人類”と呼ばれていた。同番組で新人アイドルと対話するコーナーを担当。その日は「中森×中山、ナカナカ対談」とテロップが出た。 至近距離で見るミポリンの美しさはハンパない。ことにその輝く瞳でジッと見つめられると、くらくらした。10歳も上の私は完全にアガってしまったものだ。 同じころ、おニャン子クラブが『セーラー服を脱がさないで』を唄って話題となる。しかし、おニャン子の大集団に対して、中山美穂はたった一人で対峙して勝利した。史上最年少で「レコード大賞 最優秀新人賞」に輝いたのだ。 その後の活躍は記すまでもないだろう。『世界中の誰よりきっと』は180万枚の大ヒットを記録した。岩井俊二監督の映画『Love Letter』ではブルーリボン賞の主演女優賞に輝く。 年齢を重ねてより美しく魅力的となり、化粧品のCMに出ると街には中山美穂を真似たメイクのOLたちがいっぱい現れた。歌手として、女優として、これほど長く活躍をつづけたアイドルもそうはいない。2002年に結婚が発表されたときは、世のミポリンファンの男性たちを大いに嘆かせた。