踏切でおばあさんの手首を掴んでいた少女が恐ろしい形相で…体験談を元にしたトラウマレベルの怪談集とは(レビュー)
Netflix映画で大ヒットした『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』の著者・青柳碧人が蒐集した怖くて奇妙な怪談短篇集の大好評第2弾! 日常のすぐ隣にある怪異を描いた「奇妙な実話」63篇は、無類の怪談好きミステリ作家が丹念に聞き集めたものばかり。 読んでいるうちに、人生のどこかで自分もこんな体験をしたことがあったのではないか……と思わせる、日常に潜む「怖さ」が満載です。 そんな『踏切と少女 怪談青柳屋敷・別館』の読みどころを、「小説推理」2024年10月号に掲載された書評家・朝宮運河さんのレビューでご紹介します。
■怪談愛好家を唸らせた『怪談青柳屋敷』の続編が登場! ミステリ作家が丹念に聞き集めた、しみじみ怖くて不思議な実体験の数々。
「浜村渚の計算ノート」シリーズで知られる人気ミステリ作家の青柳碧人は、実は無類の怪談好きでもある。今春にはその趣味を生かし、怪談業界を題材にしたミステリ『怪談刑事』を発表、そのユニークな試みが話題を呼んだ。本書はそんな著者が昨年刊行の『怪談青柳屋敷』に続いて手がけた、待望の実話怪談集の第二弾。仕事の合間を縫って蒐集された怪談が、残暑の厳しさを忘れさせてくれる。 たとえば表題作「踏切と少女」は次のような怪談だ。ある男性が自宅に戻る途中、踏切のところで60歳くらいのおばさんと5、6歳くらいの少女を見かける。少女はおばさんの手首を握りながら、男性のことを睨みつけてきた。おばさんが掴まれていた手を振り払うと、少女は恐ろしい形相で男性の方に手を伸ばしてくる。この子はこの世のものじゃない、そう気づいた男性は走って逃げたという。 少女の正体は最後まで不明のままで、一般的なエンタメ作品としては尻切れとんぼなのだが、その余白のある語りが生々しい恐怖とリアリティを生んでいる。印象深かったのは体験者がふと「今の体験はきっと、二度としないんだろうな」と確信したというくだり。この一言には体験者ならではの異様な説得力があり、通り魔のような出来事を一層忘れがたいものにしている。 テーマ別に分類された怪談が、屋敷の部屋になぞらえられているのは前巻と同様。子どもが出会った怪異を納める「子ども部屋」、猫にまつわる怪談が並んだ「猫ちぐら」、病院が舞台の「医務室」など9章からなり、怪しい部屋を順番に訪ね歩くような楽しさがある。読む人の恐怖のツボによって居心地のいい部屋は異なるだろうが、私は“よくわからない話”をテーマにした「行き止まりの階段」がお気に入りだ。大根が話しかけてきたり、電車の両隣に座った乗客が意味不明な会話を始めたり、という従来の怪談の枠からもこぼれ落ちそうな妙な体験談にこそ、創作では味わえない実話の醍醐味があるように思う。 それにしても人はなぜ、怪談を語り続けるのだろうか。それは怪談でなければ伝えられない感情や風景が、この世には確かに存在しているからに違いない。本書には怪談マニアの作者が丹念に聞き集め、巧みに作品化した人生の忘れがたい一瞬が詰まっている。読んでいると「そういえば自分も……」と記憶の蓋が開きそうになるのがまた面白い。何か思い出した人がいたら、ぜひ作者までご一報を。第3巻に掲載されるかもしれない。 [レビュアー]朝宮運河(書評家) 1977年、北海道生まれ。ホラーや怪談が専門のライター・書評家として『怪と幽』などさまざまな媒体で執筆。『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』『宿で死ぬ 旅泊ホラー傑作選』『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』「てのひら怪談」シリーズなどホラーアンソロジーの編纂も手がけている。 協力:双葉社 小説推理 Book Bang編集部 新潮社
新潮社