トランプ氏勝利で抗議デモ 民主主義は機能不全なのか?
爆発した「不満」が最善の結果もたらすか?
ただし、「多数者の意思」を前面に掲げるこの「リセット」を求める機運は、既に認められている少数者の権利や立場を否定するものにも繋がります。米国の場合、イスラム教徒の入国制限が「移動の自由」を制限するものであることは確かです。また、トランプ氏がLGBTへの嫌悪感を隠さなかったことは、これら性的少数者への差別を助長することも懸念されています。 また、トランプ氏は在日米軍の縮小をはじめ、海外での米軍の展開を控え、各国が自己責任で防衛を行うことや、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱を主張しています。冷戦後、米国は圧倒的な軍事力と経済力をもって世界の秩序を形成してきました。しかし、トランプ氏の方針がもし実行されれば、それは米国が超大国の座を降りることに他ならず、国際的にも大きな動揺をもたらすとみられます。 したがって、米国市民が日常的に感じている「不満」をそのまま投票行動に反映させた今回の大統領選の結果が、最善の結果をもたらすかは疑問です。「多数者が常に正しいと限らない」ことからすれば、それは当然ともいえます。一党制の中国は、今回の大統領選挙を「米国型のシステムの限界」と大々的に宣伝してきました。経済パフォーマンスだけを優先するなら、選挙や民主主義は不要ともいえます。
トランプ氏を交代させられるのも民主主義
しかし、それによって民主主義への懐疑を深めることは、生産的とはいえません。「不満」などの感情に左右されやすいなどの問題を抱えているとはいえ、民主主義には他の政治体制にはないアドバンテージがあります。それは、「行き詰ったときに軌道修正することが可能」なことです。 一党制や軍事政権のもとでは、効率的に経済成長が実現できるかもしれませんが、一旦スランプに陥った時、政府が全権を握っているために、方向転換が困難です。そのため、政府への不満を力で抑え込んだり、無理な景気刺激策で財政赤字を膨らませたりしがちです。これに対して、定期的に選挙が実施される体制のもとでは、政府の決定や行動に問題がある場合、政府を交代させることができます。 第二次世界大戦で英国を勝利に導きながら、大戦末期の選挙で敗北したチャーチルは、「民主主義は最悪の政治形態だ。ただし、これまでに試された他の政治体制を除けば」と述べました。民主主義の限界を見据えた、この割り切った感覚は、民主主義への過剰な期待や、期待が外れたときの反動を抑えることで、「現状のリセット」という単純な思考を生みにくくするといえます。それはむしろ、民主主義の持続性を高めることに結びつきます。 トランプ氏が公約をどの程度実行するかは、未知数です。選挙中の公約の多くは実行すれば大きな混乱を生むであろうことは確かですが、何もしなければ自らの立場にもかかわります。ただし、その結果として問題が大きくなった際、彼を交代させられること自体に、民主主義の価値があります。「まだまし」という感覚がある限り、民主主義に全面的に失望するには早いといえるでしょう。
----------------------------------- ■六辻彰二(むつじ・しょうじ) 国際政治学者。博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、幅広く国際政治を分析。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、東京女子大学などで教鞭をとる。著書に『世界の独裁者』(幻冬社)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『対立からわかる! 最新世界情勢』(成美堂出版)。その他、論文多数。Yahoo! ニュース個人オーサー。個人ウェブサイト