トランプ氏勝利で抗議デモ 民主主義は機能不全なのか?
期待が高かった「チェンジ」への失望
それでは、なぜ米国の有権者はトランプ候補を選んだのでしょうか。移民排斥など排外主義的な主張を展開し、保護貿易を認める発言を繰り返したトランプ氏の躍進の最大の原因としてよく取り上げられるのは、「白人の中間層や低所得層の不満」です。 ただし、クリントン氏が勝利した州が、所得水準が総じて高く、エスタブリッシュメントが集中する東部諸州や、西海岸諸州にほぼ限られていたことから、「不満」は白人の中間層や低所得層だけでなく、米国社会全体に広がっているとみた方がよいでしょう。
オバマ政権が誕生した時、米国の有権者の多くは「チェンジ」を期待しました。図で示すように、2008年のリーマンショックを挟んで、オバマ政権誕生の直前の時期と比べると、その後の米国の経済パフォーマンスは総じて改善してきました。しかし、「チェンジ」への期待が大きかっただけに、「そこそこの」パフォーマンスは米国市民の失望を招いたとみられます。また、世界銀行の統計によると、2007年に41.75だったジニ係数は2013年には41.06で、格差が高い水準で維持されたことも、これに拍車をかけたといえるでしょう。
現状を「リセット」のメッセージ
それだけでなく、オバマ政権時代には、米国のこれまでのあり方を大きく「チェンジ」させる施策も相次いで導入されましたが、それが国内から反発を招くことも少なくありませんでした。同性婚の合法化や国民皆保険を目指した医療制度改革は、その典型です。 さらに、オバマ政権は一国主義的なブッシュ政権への批判から国際協調を重視する外交を展開しましたが、中ロの台頭を受けて、シリア情勢などをめぐる対応で米国がリーダーシップを発揮することはできず、「弱腰」という批判も招きました。 経済パフォーマンスや国民生活が期待ほどには改善されず、その一方で価値観が多様化して社会のあり方が大きく変容し、さらに国外で米国がかつてもっていたリーダーシップが衰退する状況は、米国市民に現状への「不満」を増幅させたとみられます。 その中で勢力を広げたトランプ氏の主張には、イスラム教徒、不法移民の代表格であるメキシコ人、「不公正な貿易を行う」日本や中国をスケープゴートとする、排外主義的、保護主義的なトーンが強いものでした。これに加えて、トランプ氏はワシントンとウォール街を「現状を生み出したエリート層」として描き出し、自らを「普通の人々の代弁者」と位置付けました。その「一般の感覚」によって現状を「リセット」し、かつて米国がもっていた軍事的、経済的、政治的な優位を回復するというメッセージが、多くの米国市民を引き付けたといえるでしょう。 閉塞感が漂うなかで、既存のエリート層を批判し、かつての栄光のイメージを理想化して現状の「リセット」を求める機運は、英国のEU離脱をめぐる国民投票にも共通するものです。また、日本をはじめ、多くの西側先進国で既存の政党への不信感が高まるとともに、ナショナリズムが高揚する状況も、これに通じます。