なぜネパール人がインド料理を出すのか 広がるカレービジネスと10倍に増えた夜間中学生
社会状況の変化が生徒層に反映される夜間中学。日本で暮らす外国人の増加に伴い、在籍する外国人生徒が増え、多国籍化が進む。とりわけ増加が目立つのは若年層のネパール人で、そのほとんどはインドカレー店で働く親に呼び寄せられ、家族滞在の資格で日本に来た人たちだ。近畿の夜間中学の教職員約90人が参加した研修会で、「カレー移民の謎 日本を制覇する『インネパ』」(集英社新書)の著者でジャーナリストの室橋裕和さんが講演を行い、在留ネパール人の背景や課題などについて解説した。 【写真】ダウラギリ峰を望むバグルン・バザールの街。「インネパ」の経営者やコックにはバグルン出身者が多いという カレー、ナン、タンドリーチキンといった定番メニューを手頃な価格で提供するインドカレー店。その多くはネパール人の経営で、「インネパ」と呼ばれるこうした店は日本各地に4千~5千軒あるとされる。身近な存在だけに気になる人は多いようで、室橋さんの著書は今春の出版以来話題を集め、版を重ねている。 執筆のきっかけは、都内の夜間中学を取材するなかで、卒業生で20代半ばのネパール人男性と出会ったことだ。今でこそ流暢な日本語を話す男性だが、カレー店を営む父親に呼ばれて16歳で来日したときは日本語がまったくわからず、人生をあきらめていた。夜間中学に入学し、日本語だけでなく、日本のルールや文化などを学び、この国で生きていく力を身につけた。「夜間中学に救われた」と語ったという。 男性は「カレー屋の子供って、みんないろいろ抱えている」とも口にした。親は仕事に忙殺され、子供の教育に無関心。希望を持てない中で暮らす日々。「カレー屋の子供という言葉に切なさを感じ、ずっと気にかかっていた」と室橋さんは言う。 加えて「なぜネパール人がインド料理を出すのか」「どんな経緯で広がったのか」「なぜ同じようなメニューなのか」など、カレーにまつわる謎への探求心があり、2つの面から取材を始めた。 ヒマラヤの高峰が連なる山岳国のネパールは、農業と観光のほかにめぼしい産業がなく、人口約3千万人のうち200万人以上が海外で働く。出稼ぎ先で最も多いのはインド。カースト制度に根差す分業制が残る同国では、一人で何でもこなすネパール人は飲食業界で重宝されたという。 日本では高度経済成長期にインド料理店が増えた。ほとんどはインド人の経営だったが、コックとしてネパール人を雇う店も多かった。そのコックが独立すると、勤めていた店のメニューを模倣したという。