ノンフィクションが売れない? 鈴木忠平と森合正範が語る”書き手の本音”「売れるということ」、そして「編集者に求めるものは…」
5月に『いまだ成らず 羽生善治の譜』を上梓、ノンフィクション3冠制覇を達成した『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたか』の著者でもある鈴木忠平。昨年10月に世に問うた『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』でミズノスポーツライター賞を受賞、そして幅広い読者の支持でベストセラーになっている森合正範。今、最も注目されるノンフィクション作家2人による豪華な対話シリーズ。 第3ラウンド・後編では、鈴木さんと森合さんが「作家として売れること」「編集者に求めるもの」について語り合った。<全4回の第4回/第1回から読む> ◆第3ラウンド 鈴木忠平×森合正範対談・後編 ――二つ質問させてください。一つは、自分で現場に行って自分の視点を出す手法で本を書くのは限界があると思うんです。鈴木さんの『嫌われた監督』の番記者時代のエピソードも、森合さんの井上尚弥を書く葛藤も、次同じテーマで書いても、前回ほどの貴重なものにはなりにくい。やっぱり体験の一回性があるからこそ、面白かったし、推進力があったと思うんです。ただ、作家も一個人なので体験に限界がある中で、鈴木さんの『いまだ成らず』に関しては、そこを乗り越えようとする試みでもあったと思います。体験の一回性の難しさについてどう思いますか? 鈴木 本当におっしゃる通りで、みんな平等な時間が人生に与えられていて、ノンフィクションは、人生の出会いや体験がそのまま作品テーマになる素晴らしい仕事だと思います。ただ、人生の時間の中でそういうことがどれだけあるか。一方で、自分は職業としてのノンフィクション作家なので、作品を書いていかないといけない。しかも、自分が体験した、していないに関わらず、ある程度の質のものを提供しないといけない。そのための技術をすごく考えさせてもらって、今回の作品で全く足を踏み入れたことのなかった将棋の世界に、自分がほとんど読者と同じ場所に立って書こうとしたときに、どんな視点人物が必要で、どんな取材が必要かということを挑戦的にやってみたんです。ノンフィクション、スポーツノンフィクションにしても、書いて生きていくという場合に「10年に1回、渾身の作を書きます」ではやっぱり成り立たない。だから自分はこれからも職業として、どう書いていくかというのは考えていきたい。 森合 その覚悟がすごいですね。スポーツ新聞で自分が担当した中で、野球は取材方法を含めて一番ノンフィクションに遠いものじゃないかなと思うんです。正しいかわかんないですけど、野球の取材は1分将棋みたいで、取材してすぐ書くの繰り返しだと思うんです。だけど、スポーツ新聞の中でも、自分がやっていたオリンピック取材は長考が許されるんです。4年間取材して、考えて、いいものを出す。なんで野球で生きてきた忠平さんがそういう志向になったのか、自分は興味があるんです。 鈴木 自分はその1分将棋、100m走を毎日走っているみたいなものが、物足りなかった。自分のやりたいことは、そうじゃないんだっていうのをずっと抱えてたんですよ。もちろん仕事なんでやってましたけど、結果の出る瞬間ではなくて、人間のその前のプロセスとか、そういうことに興味があった。だけど新聞だと書けない。まず、そういうメディアではないし、スペースもない。だから新聞社を辞めた。 森合 その覚悟がやっぱりすごいっすね。 鈴木 欲求ですよね。「Number」編集部に入って、競技にまつわる人のストーリーを書けるようになってからも、もうちょっと長いものを書きたかったし、今で言うと、自分が見たもの、人生で体験したことだけじゃなくて、もっと世の中には計り知れないことがあって、計り知れない人たちがいて、そういう人たちや事象を書くためには、どうしたらいいんだろう、自分はその場にいなかったけど、どうしたらいいんだろう。そういうことを考えるのは、好きなんですよね。
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