「夫の死に開放感を覚えた」という女性の胸中に着想。話題作『夫よ、死んでくれないか』に込めた著者の思い
デビュー作『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』が2023年冬に草なぎ剛さん主演でNHKドラマ化&韓国映画化進行中の話題の作家、丸山正樹の最新刊『夫よ、死んでくれないか』が刊行された。 本作は、夫への不満を抱える女性たちの前に次々と事件が起こる、息もつかせぬノンストップ・ミステリだ。主人公の夫が何の前触れもなく失踪してしまったり、親友はモラハラ夫との間に大きなトラブルを抱えることになったり……。一筋縄では行かない展開にページを繰る手が止まらず、その先には驚きの真相とラスト1行の衝撃が待ち受けている。 本作の執筆の背景や、物語に込めた思いを著者の丸山正樹さんにうかがった。 ***
■社会人としても女性としてもこれからという時に夫との関係に悩みを抱えている女性たちの思いを、世間の人たちは知らないのではないか
──この作品のアイデアは、どのようなきっかけで生まれたのでしょうか。 丸山正樹(以下=丸山):発想の元は、もう十数年前になりますが、小説家デビューする前に読んだ『夫の死に救われる妻たち』(ジェニファー・エリソン、クリス・マゴニーグル著 飛鳥新社)というノンフィクションです。タイトルに惹かれて手に取ったのですが、「夫の死に開放感を覚えた」という共通項を持つ女性たちの話で、それぞれ別の事情で夫を亡くした著者の二人が同じように身近な人と死別した女性たちの複雑な胸中を取材した作品でした。 タイトル含めて衝撃を受けて、そういう思いを現代日本の女性を主人公に置き換えて小説にしたら今までにあまりない作品になるのでは、とずっと心の隅に引っかかっていました。 新作の執筆を依頼してくれた双葉社の編集者が『ワンダフル・ライフ』(光文社)に出てくる女性の描写を褒めてくれたこともあって、今まで書いたことのなかった「全編女性視点」の作品にチャレンジしてみようかと、その題材としてはこのモチーフがいいんじゃないかと、「恐る恐る」提案したのが始まりです。幸い、編集者が乗ってくれたので女性の立場から助言をもらえるなら何とかなるかな、と具体的に構想し始めました。 ──インパクトのあるタイトルです。タイトルに込めた意味や、思いを教えてください。 丸山:タイトルはかなり早いうちに決まったのではないかと思います。この作品に限らず、私にとってタイトルは非常に重要で、決まると作品の芯が決まるというか、「これはこういう作品なんだ」と明確になります。執筆中に迷いが生じた時はタイトルに戻り、そこからまた考え直して行くので、私の場合はタイトルは早く決まれば早いほどいいのです。 モチーフになったノンフィクションにも含まれる「夫」「死」というワードを基本に、小説としてどう描いていくかを考えた時に、このタイトルが一番適している、と考えました。その時はまだミステリなのかどうかも決まっていませんでしたが、象徴的なものであれ反語的な言い方であれ、ヒロインの思いとしてこの言葉が核になる小説なんだ、と自分に言い聞かせながら書き進めていきました。 ──執筆中に苦労した部分はありますか? 当初の構想から変わった部分や構想を超えて膨らんだ部分などがあれば教えてください。 丸山:苦労と言えば今回ほど苦労した作品はなかったんじゃないでしょうか。当初は、先ほど挙げた書籍の内容に近い「夫を喪った年齢も立場も異なる二人の女性のシスターフッド的物語」を構想したのですが、それを原案とするわけにもいかなかったので、私にしては珍しく直接の取材を行いました。 話を聞いたのは、主に三十代半ばの既婚や離婚経験者で、現時点では子供のいない女性たちです。というのも、日本で「夫の死を願う女性たち」について調べていくと、有名な「旦那デスノート」をはじめ、ほとんどが「子育て」を巡っての夫への不満・愚痴が書かれたものだったんですね。それはそれでとても重要な問題ですが、今回はそちらはやめよう、と。むしろ、子供がいないことや子供を産むか産まないかで夫婦間の意見の相違があったり、年齢的にもある種の選択を迫られたりしているような立場の女性、仕事をしていればキャリアも積んできて、社会人としても女性としてもまさにこれからという時に夫との関係に悩みを抱えている、そういう女性が一番主人公にふさわしいのではないかと考えました。 これはたまたま担当編集者がその年齢だったということもありますが、そういった立場にある女性たちの思いを、世間の人たちは知らないのではないか、そういうことを訴えても「ぜいたく言うんじゃない」と一蹴されるような辛さを味わっているのではないか、という気がしたんです。