狙われた少女たち…英国史上最悪の集団犯罪「性的搾取ギャング」、スターマー首相の「罪」は本当か?
<過去にイギリスを震撼させた少女たちへの性的虐待事件「グルーミングギャング・スキャンダル」について、スターマー首相の労働党政権を攻撃するマスクだが>【木村正人(国際ジャーナリスト)】
[ロンドン発]先の米大統領選でドナルド・トランプ次期大統領に急接近した米テスラ、スペースXの最高経営責任者(CEO)イーロン・マスク氏が、少女たちを手なずけ、性的搾取を行った「グルーミングギャング」を巡る英国の国家的スキャンダルを蒸し返している。 【動画】知らぬ間に飲み物に混ぜられ…デートドラッグの恐るべき「効果」を示す映像 マスク氏は自らが所有するX(旧ツイッター)に「キア・スターマー英首相は6年間、検察トップを務めた時『英国の国家的』レイプに加担した。スターマーは辞めなければならない。英国史上最悪の集団犯罪に加担した罪で告発されなければならない」(1月3日)と連続投稿した。 イングランド北東部サウス・ヨークシャー州ロザラムで起きた児童性的虐待・搾取について「控えめに見て1997~2013年の調査対象期間だけでも約1400人の児童が性的搾取を受けた」と当時調査を担当したアレクシス・ジェイ氏(現ストラスクライド大学客員教授)は報告している。 ■「本当の規模は誰にも分からない」 「本当の規模は誰にも分からない」という14年当時の報告書によると、性的搾取を受けた子どもの3分の1強は児童保護やネグレクト(育児放棄)の対象として児童福祉機関に把握されていた。ジェイ氏は「被害児童が受けた虐待の恐ろしさは言葉では言い表せない」と記す。 被害児童は複数の加害者にレイプされていた。大勢の男に犯された11歳の女の子、誘拐、殴打、脅迫......。少女たちはガソリンをかけられ、火をつけられると脅されたり、銃で脅されたり、残忍な暴力レイプを見せられ、誰かに話したら次はお前だと脅されたりしていた。 当初から政治や児童福祉におけるリーダーシップの欠如は明らかだった。ロザラムでは子どもの性的虐待・搾取が深刻な問題であることを示す証拠は児童福祉施設で働く職員や少女たちと頻繁に接触していたカウンセラーたちから次々と寄せられていた。 ■警察は被害児童を侮蔑的に扱い、取り締まらなかった 「児童福祉の上級管理職は問題の規模と深刻さを軽視した。警察は被害児童を侮蔑的に扱い、虐待を取り締まらなかった」(ジェイ氏)。02年、03年、06年に被害をこれ以上ないほど明るみにした3つの報告書が警察と自治体に提出されたが、もみ消され、無視され、隠蔽された。 00年代初めには少数の児童福祉専門家が多くの被害児童に会い、観察していたが、上司はほとんど協力も支援もしなかった。児童福祉の上級管理職や警察はカウンセラーが報告する児童性的虐待・搾取の程度は誇張されていると軽んじ、事案の数を減らすことに熱心な者もいた。 被害は白人の貧困、崩壊家庭の少女に集中していた。こうした少女は社会の誰からも相手にされない極めて脆弱な存在だったのだ。 加害者の大半は被害児童から「アジア系」と報告されていたが、地元議員はパキスタン系コミュニティーとの軋轢を避け、問題に対処しなかった。何人かの職員は人種差別主義者だと思われることを恐れ、加害者の民族的出自を明らかにすることに神経質になっていたと打ち明けた。 ■「スターマー氏が事件の詳細を知っていた証拠はない」 グルーミングギャングが最初に起訴されたのは10年。判明している被害児童は英国全体で数千人にのぼる。スターマー氏はスキャンダルが紛糾していた08~13年に検察トップを務めた。 マスク氏がやり玉に挙げるのはグレーター・マンチェスターで09年に加害者とされる人々が起訴されなかった事件だ。 英紙フィナンシャル・タイムズ(1月6日付)は「当時スターマー氏が事件の詳細を知っていたことを示す証拠はない」と指摘する。 09年の処分は2年後に覆され、9人が有罪となった。関係者によると、スターマー氏は過去に間違ったことを公に認める決断を100%支持したという。 イングランド・ウェールズにおけるアジア系人口は全体の9.3%、カリブ・アフリカ系が4%。児童性的虐待の加害者にはパキスタン系が多かったことから、白人が異教徒の移民に迫害されているという文脈で反移民の極右や強硬右派に攻撃されるようになった。 ■児童性的虐待・搾取は世界中に広がる病理 マスク氏が英国の国家的スキャンダルを執拗に蒸し返すのは移民規制の強化を唱えるトランプ氏の政策を支持する世論を西側諸国に広げたいからなのだろう。 児童性的虐待・搾取を防げなかったのは英国政府が戦後の労働力不足を補うため大量の移民を受け入れながら問題に目をつぶってきたことが背景の一つにある。マスク氏の指摘は短絡的で扇状的だが、背景に長年にわたる英国政府の不作為があったのは間違いない。 イヴェット・クーパー英内相は、児童性的虐待を隠蔽したり報告しなかったりした者は今年導入される新しい法律の下で職業上または刑事上の制裁を受ける可能性があると表明した。英国の闇は多文化主義という仮面の下、覆い隠されてきた。その罪は重い。 しかし児童性的虐待・搾取は英国社会だけでなく世界中に広がる病理であり、マスク氏のようにスターマー氏や労働党政権を攻撃するだけでは何の解決策にもならない。