経験豊富な指揮官も認めた「今までとは違ったもの」を発揮して執念の勝点1獲得。今季の横浜FMユースが掲げるのは「主体的な対話」と「人としてのパワーの出力」
[10.13 プリンスリーグ関東1部第16節 横浜FMユース 3-3 東京Vユース 横浜国立大学フットボール場] 【写真】ジダンとフィーゴに“削られる”日本人に再脚光「すげえ構図」「2人がかりで止めようとしてる」 アディショナルタイムも9分近くが経過したころ、試合終了のホイッスルが吹き鳴らされた。トリコロールのエンブレムがあしらわれている青いユニフォームを纏った選手たちの表情には、シンプルに勝てなかった悔しさと、厳しい逆境から勝点を手繰り寄せた充実感が、複雑に交差する。 「やっぱり対ヴェルディというところで、特に前期の悔しさもありましたし、ゲームの中でやっぱりヴェルディらしいプレーが数々ある中で、『あれ、また今日も……』というところも出てきたと思うんだけれど、本当に90分やり続けることができたというのが良かったなと。もちろん改善点はたくさんあるけれども、今までとは違ったものを彼らが見せてくれたなと思います」。 激闘を終えたばかりの試合直後。今季からチームの指揮を執っている冨樫剛一監督は穏やかな笑顔を浮かべながら、そう語った。既にリーグ優勝を決めている難敵を向こうに回し、2点のビハインドを逞しく追い付いた横浜F・マリノスユース(神奈川)には、少しづつ、だが確実に、新しい変化が訪れている。 「前期はボコボコにされて、正直自分たちの中ではやりたくない相手というか、ちょっとやりづらい相手という認識がありました」。この日のキャプテンマークを巻いたMF德田佑真(3年)は率直な言葉を口にする。プリンスリーグ関東1部第16節。横浜FMユースがホームで迎え撃つのは、ここまで14勝1分けという圧倒的な成績を残し、リーグ王者となった東京ヴェルディユース(東京)。前期のゲームでは2-7という衝撃的なスコアで敗れた相手だ。 「それこそ前期のヴェルディ戦の後には、みんなで話し合う機会も設けたりして、みんなで方向性を1回統一しながら、どこを目指しているのかというところから逆算するようになって、1人1人の考え方が変わったのは大きいかなと思います」(德田)。それから4か月近い時間を経た今、自分たちの現在地を図るには格好の相手。高いモチベーションを携えて、選手たちは勝負のピッチへと駆け出していく。 立ち上がりは上々だった。前半4分。右CKの流れから、FW浅田大翔(2年)の左クロスをMF望月耕平(3年)が触り、最後はDF奥寺湊(2年)がプッシュ。ホームチームが幸先良く1点をリードする。 だが、やはりチャンピオンは強い。「ボールを動かしているんだけれど、味方を見ているんじゃなくて、その奥を見ているというか、それは自分の中では懐かしさとともに、『ああ、こういうところが嫌なんだな』と思いますよね」と東京Vユースを評したのは、選手時代を含めて25年近い時間を過ごした“古巣”との対戦に臨んでいた冨樫監督。1点のリードも束の間、28分と42分に失点を喫し、前半のうちに逆転を許してしまう。 9月から再開されたリーグ後半戦は、下位に沈んでいた栃木SC U-18にいきなり足元をすくわれると、そこから3戦未勝利。「前期はほぼ大差で勝っていて、ちょっと勘違いしていたところもあったのかなと思います」と德田も話したように、改めてチームは日常を見つめ直したことで、以降は3連勝と好調に転じたものの、ここまでのシーズンも決して順調に進んできたわけではない。 指揮官に就任してから10か月が経過した冨樫監督は、チームに一番強調してきたことをこう明かす。「まずはトレーニングするということに対して、受け身で来ないでほしいと。練習に来るだけで上手くなると思っていたら、それは違うと。『冨樫、今日何するの?こんな練習するの?じゃあ、オレはこういうことをしたいな』とか、『こういうことを考えているのかな?オレはこう考えているんだけど、ちょっと違うよな』というものを彼らが発信することで、自分自身も彼らに与えられるものが増やせるんです」。 「だけど、選手が受け身で来たら、もうそこで終わっちゃうから、まずそこを変えようというところで、『お互いにちゃんと話をできる状況を作りましょう』と。それと同時に、『我々が目指すべきものが上にあるのだから、その基準をしっかりと持ちましょう』と。つまりはマリノスらしいアタッキングフットボールの追求と解釈を選手たちとともにしつつ、リスクを取りながらゴールに向かって行くところを一生懸命やりましょうと言ってきました」。 「あと、ふと気付いたのは、さっきの基準ということで言ったら、フィジカルのところも、人間的な部分もそうなんだけれど、“パワー”が凄く不足しているなと思って、もう火曜は振り切ってサッカーの練習をしていないんですよ。いわゆる筋トレとランニングの『パワートレーニング』もしていて、それって自分を超えていかないといけないじゃないですか。そういう部分で『ああ、今日は5キロ上がった』ということで自信を付けていくというか。その中で全体的に体重が数か月で4,5キロ増えましたし、そこでプレーの余裕も出てきて、人としての出力も出せるようになってきたなと思いますね」。 德田も始動からチームが取り組んできた日常に、確かな手応えを感じていた。「冨樫さんは自分で考えることも含まれた練習メニューが多くて、これだけという形ではなくて、こういうのもあって、こういうのもあって、といろいろなアイデアをくれながらも、答えは言わないで『自分で見つけ出せ』みたいな感じで、面白さもありますし、自分たちで考えてサッカーできるようになってきたのかなと思います」。最初は選手たちにもやや戸惑いがありながらも、徐々にトレーニングの中で主体的な対話が生まれ、湧き出るパワーの出力も大きくなっているようだ。 後半18分には3失点目を献上し、両者の点差は2点に開く。だが、追い込まれたチームはまだ死んでいなかった。ベンチも交代カードを切りながら、終盤にはシステム変更にも着手。「ビルドアップや前線からのプレッシングの中で、いつもできることを表せなかったので、『もっと自分たちはできるよ』というところを無理やり形で出した感じですね」とは冨樫監督だが、選手たちは終盤に意地と執念をピッチ上で絞り出す。 40分。右サイドで得たCKをショートで始めると、德田が入れたクロスのこぼれ球を、詰めていたセンターバックのDF藤井翔大(1年)が気持ちで押し込む。2-3。ピッチの中の熱量が一段階引き上げられる。 42分。左サイドでスローインを受けた望月は、力強い前進から右へ展開。途中出場のDF早川優世(2年)がグラウンダーで中へ入れたボールを、同じく途中出場のMF関野愛紀(3年)がわずかに触り、左スミのゴールネットへ流し込む。3-3。土壇場でスコアは振り出しに引き戻される。 「自分たちは追い付かれた後に追い付くメンタルはなかなか持てていなかったんですけど、今日は相手も含めて燃えるものがあって、そこで追い付けたのは自分たちにとって凄く大きなことですし、そういうメンタルを持てるようになってきたというのは、1つの成長だと思います」(德田)「チームも『プレーオフには必ず行かないといけない』という気持ちで毎日練習に取り組んでいるので、みんなの気持ちが強く表れたから最終的に追い付けたのかなと思います」(望月) 苦しい展開の中で、最終盤に全員が大きなパワーを打ち出して、何とか強奪した勝点1。現状で2位に位置する横浜FMユースは、ともに1試合消化数の少ない3位の浦和レッズユースとは2ポイント差、4位の矢板中央高とは5ポイント差離れている。この日の1ポイントにどういう意味を持たせられるかは、これからの自分たち次第だが、そんなことも彼らは十分に理解している。 ここ数年は年代別代表の指導を任されており、昨年はU-20日本代表を率いてワールドカップの舞台も経験した冨樫監督だけに、その手腕へ周囲からの小さくない期待が寄せられていることは間違いないが、そんな現状を本人はしなやかに受け止めている。 「やっぱり『来たらすぐにチームが変わる』とか思ってもらっていても、自分はそんな大それた人間でもないので(笑)。ただ、オープンにみんなとやっていく、他のカテゴリーとも関わってやっていく中で、他のカテゴリーもユースを見たいなと思ってくれて、実際に見にきてやり取りができて、自分もトップチームに、あるいは代表にちゃんと選手を送り出していきたいし、いろいろなことをオープンにすることでまた良い組織ができればと思っているので、それが自分の使命かなとは思っています」。 東京V時代にはジュニアユース、ユース、トップとあらゆるカテゴリーで指導に当たっていただけではなく、一時期はトップチームのマネージャーも務めていたこの人の豊富な知見と柔和な人間性は、歴史あるマリノスのアカデミーへ確実に新しい風を吹き込んでいる。 この試合後には浅田、藤井、MF加藤海輝(2年)とともにU-16日本代表の一員として、『AFC U17アジアカップ』の開催地・カタールに渡るDF山中優輝(2年)は、来季を見据えたここからの抱負を力強く口にする。 「自分は1年生の時に3試合プレミアに出させてもらって、そこでやれた部分とやれない部分も味わえましたし、本当に良い経験ができました。でも、そこからプリンスに落ちて、みんな悔しい想いをした中で、1年でプレミアに上げるという想いはみんな一緒ですし、3年生もいる中で、もう今から自分がキャプテンだと思って、リーダーシップを持ってやっているので、そこは継続していきたいと思います」。 自分たちのあるべき姿を確立し、いるべき場所へ返り咲くために、全力で身を投じている大きなチャレンジ。砦の向こうに世界がある。12月の広島の空に戦う者の歓喜の歌を響かせるため、トリコロールの若武者たちは前へ、前へと、ひたすら進み続ける。 (取材・文 土屋雅史)
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