「動物園に恩返しがしたい」五代目猫八が乗り越えた12年もの闘病生活と江戸家の芸
親子四代、120年続く「江戸家」の動物ものまね芸。その伝統と看板を背負うのが、五代目 江戸家猫八である。ウグイスやイヌなどおなじみの動物から、テナガザル・アルパカ・ヌーなど、あまり鳴き声を聞いたことのない動物まで、さまざまな鳴きまねでお客さんを楽しませる、寄席には欠かせない色物の一人だ。 【インタビュー写真】俺のクランチ-五代目 江戸家猫八- 2023年に「五代目猫八」を襲名し、ますます勢いに乗っているが、彼には若くして患った病気という大きな土壇場を経験している過去がある。 ◇父から「跡を継げ」と言われたことは一度もない 祖父が「三代目猫八」、父が「四代目猫八」という動物ものまね芸を生業とする一家に生を受けた五代目猫八。彼が物心ついた頃にはすでに、父は「江戸家小猫」としてテレビ番組の司会をこなすなど、お茶の間でおなじみの存在となっていた。 テレビ東京の『Theゲームパワー』『ゲーム王国』の司会を務める姿で覚えている方も多いだろう。父が芸人ということで、苦労したことはなかったのだろうか。 「小学校、中学校、高校、どの時代も、変にいじられたりすることはありませんでしたね。父がそういう仕事をしてるのはみんな知っていたんですが、“鳴きまねやってみてよ”としつこく言われたりしたことはなかったです。私の同級生たちも、父や祖父のやっている芸を“なんかすごいな”って思ってくれていたのかもしれません」 その頃、猫八は父のことをどう見ていたのか聞いてみた。 「地方の仕事など、ごくまれに家族を連れて行くことがありまして、そういうときに客席から父の舞台を見るんです。ウグイスを鳴くと、何百人のお客さんから割れんばかりの拍手が起こる。鳴きまねのネタを披露すれば今度は大きな笑いが起きる。“すごいことやってる”と子どもながらに憧れていました」 その父に対する憧れが、自然と芸人の道へと向かわせることになった。 「父は知名度がありましたから、父と一緒に街を歩くと、お客さんから声をかけられて、知らない人から“お父さんの跡を継ぐのよね”なんて山ほど言われるんです。もともと憧れは持っていますから、その声が結びついて、“いずれ自分もこの仕事をやってみたい”という思いになりました。気がつけば、という感じでした」 一方、父は猫八に「跡を継げ」とは一度も言ったことがなかったという。むしろ、「他にやりたいことがあるならそちらをやりなさい」というスタンスだった。 「よほど好きでなければ続けていけない仕事である。という父の芸に対する厳しさがまずあったと思います。あとは「継げ、継げ」と言われるより、少し突き放されたほうが跡を継ぎたくなる。父は面白いさじ加減で私を導いてくれたと思います」 ◇12年にもおよぶ闘病生活の末に得たもの そんな猫八を病魔が襲う。高校3年生、18歳の秋に微小変化型のネフローゼ症候群を発症。入院を余儀なくされ、学校に通うこともできなくなってしまった。まさに人生の土壇場だ。 「突然ですね。それまで大きい病気はしたことなくて。毎朝まぶたが腫れて、日中になると戻るんですよ。病院で検査をしたら即入院。2か月で退院できると言われたんですが、再発を繰り返して、1年ほど入院しました。そのせいで、高校の卒業式に出ることもできませんでした」 退院後、自宅療養に切り替わるが、薬の副作用で圧迫骨折や白内障を引き起こすなど、つらい日々を過ごした。 「自宅では薬を飲めば生活は送れるけど、ちょっと無理すると再発しちゃう。なので、社会復帰ができませんでした。一番きつかったのは19歳から20歳の頃くらいですかね。寝たきりギリギリの状態にまでなりました。 父は“俺が元気に働いているうちは何も心配しなくていいから。とにかく病気としっかり向き合って、焦らずに治していこう”と言ってくれました。この言葉があったから、焦らずに闘病することができました。それには本当に感謝しています」 闘病生活は12年にもおよんだ。30歳の頃、ようやく病気と折り合いがついて、社会復帰できるまでに回復。猫八が選んだのは大学院に通うことだった。 「ご縁があって、高卒でも入学資格を得られる独立研究科という大学院に入りました。そこに通う学生は、7割以上が社会人なんです。病気しか経験していなかった私は修士論文を書きながら、2年間たっぷり社会勉強もさせてもらいました」 「病気が自分にもたらしてくれたものは?」という問いに対して、猫八は「全部ですね」と答える。 「青春をまるまる犠牲にはしてるんですけど、病気から学んだことは、今の芸風にもつながってると思います。若い頃から達観してるんですよ。同世代にはない、老成した雰囲気は間違いなく病気からもらいました。 日々が普通にあることのありがたさも病気から学びました。病気に人生のどん底を見せてもらったんで、しんどいことがあっても、“あの頃に比べれば”と楽しく感じるんですよ。今が順調だから言えるのですが、“病気してよかった”と思ってます。失ったものもありますけどね」