渚は戻って来られるのか? 令和と昭和が舞台の「ふてほど」、実は“平成”の苦労もきちんと描いている
中堅社員が抱えるジレンマ
次の第2話ではテレビ局のプロデューサーとして働きながら、子育てをする犬島渚(仲里依紗)が登場する。働き方改革の影響で、部下のAP(アシスタントプロデューサー)がシフト制で交代するので、渚はまともに仕事を教えることができずに疲弊。これなら1人で仕事をした方がラクだと思う場面が描かれる。そして第3話では、バラエティの帯番組の司会者の恋愛スキャンダルが起きて、ネットの炎上を恐れるあまり極端な自主規制に走る番組プロデューサーの姿が描かれる。 悩みの多くは、会社組織で働く中堅社員が直面するものだ。 コンプライアンスや多様性に対する意識が高まり、ブラック労働やセクハラ、パワハラといった問題を無くすために生まれた新しいルールによって表向きは健全化したように見える。しかし、その結果、後輩との意思疎通をうまく行えなくなり、上司と部下の間にいる中堅社員にそのしわ寄せがくる。 そうでありながら、正社員としてキャリアを積んで安定した立場にいるように見える彼らは、会社の後輩や社会的弱者からは、恵まれた立場にいる成功者だと思われている。そのため、どちらが悪いのかという議論になると、即座に加害者認定されてしまう。 だからこそ彼らはパワハラとなることを恐れて、当たり障りのないことしか言えないのだが、その結果、新人との人間関係を構築できず、さらには仕事を教えることもできず、後輩がどんどん辞めていってしまうというジレンマを抱えている。
それぞれの時代に馴染む市郎とサカエ
第9話では犬島渚が、妊活に励む後輩のAP(アシスタントプロデューサー)の杉山ひろ美(円井わん)から、社内報での発言がアウディングだと疑われる。そして、渚が妊活で仕事に入れない杉山を気遣って口にした「だったらその週は、いないものとしてシフトを組んどくから、来れたら顔出して」という言葉が“プレ・マタニティ・ハラスメント”に該当すると言われ、1ヶ月の謹慎処分を受けてしまう。 第2話では、「働き方改革」を意識した上辺だけの配慮の影響で、やりたいように仕事ができないことにブチ切れた渚が夫と上司に「お願い」をする場面が軽快なミュージカルに乗せて爽快に描かれた。そんな彼女が今度はハラスメントの加害者として訴えられてしまう。 この9話が皮肉なのは、セクハラにあたる不適切発言を杉山におこなった市郎ではなく、渚が処分を受けて、社内に居場所がなくなってしまうことだ。 そんな渚を心配した市郎は、1往復分の燃料しかないタイムマシンで、渚を連れて昭和に帰る。最終的に市郎が昭和に帰るのはある程度、予測していたが、ハラスメントでキャンセル(排除)されて令和で居場所を失うのが市郎ではなく渚だったのは意外だった。 当初は不適切な発言と言動で周囲を翻弄する昭和の市郎の存在は異物として描かれていたが、市郎自身はスマホを筆頭とする現代のテクノロジーに興味を持ち、令和の価値観にみるみる適応し、テレビ局のカウンセラーとして現代に馴染んでいく。 令和から昭和にやってきた社会学者でフェミニストの向坂サカエ(吉田羊)も気が付けば昭和という時代を満喫している。最初は異なる価値観で周囲を翻弄するトリックスター的存在だった市郎やサカエが、それぞれの時代の空気に馴染んでいくのが「不適切」の面白さだ。そこには人間の価値観はその時代の空気に簡単に染まってしまうもので、それくらい人の価値観なんて流動的なのだという、作り手の人間観が滲み出ている。