気に入らない裁判官の”再任拒否”は人事局の思いのまま…裁判所制度の諸改革を「悪用」する当局の実態
「再任拒否」という脅し
現に、この制度の採用後、再任を拒否される裁判官の数が目立って増えている。それまではほとんどなかった再任不適格と判断される裁判官の数(そのように判断されても再任願いを撤回しないと再任拒否される)が、年に5名前後という大きなものになっているのである。 もちろん、実際には、再任を拒否される裁判官は能力不十分である場合が多いだろう。しかし、問題なのは、先のような制度のあり方からすると、そうした裁判官のデータの間に再任を拒否したい裁判官のデータをそっと滑り込ませておくことが十分に可能になるということだ。「拒否されても仕方がない例」の間に混じるために、そうした事案の不当性を、たとえ事実上であっても主張することは、きわめて困難になる。 実際、私は、超一流国立大学に勤務していたある学界長老から次のような言葉を聴いている。 「私のゼミで一番よくできたある学生が、裁判官になって20年経ったところで退官したので尋ねてみたら、再任拒否されたということでした。大変驚きました。本人もわけがわからないというのです。確かに、比較的はっきりものをいう学生ではありましたが、しかし、それで拒否されるというのであれば、信じられないことです」 また、提出されるデータからして再任が危ぶまれる裁判官については、事前に「肩叩き」が行われるのが通例である。これをやられると、ほとんどの裁判官は意気消沈して任期満了前に退官してしまう。任期満了退官であると、再任拒否にあったのではないかということで弁護士事務所への新たな就職などに差し支える可能性があるからだ。したがって、「実質的な」再任拒否者の数は、公表されている数よりもかなり多いとみなければならない。
「肩叩き」で退官した裁判官たち
この点については、以前にはすべて肩叩きで不透明に処理されていたものがある程度表に出るようになっただけかもしれないとの推測もある(ダニエル・H・フット、溜箭将之訳『名もない顔もない司法──日本の裁判は変わるのか』〔NTT出版〕227頁)が、おそらくそのようなことはなく、その書物にあるもう1つの推測、「委員会が設置されたことで、事務総局は以前よりも自由に候補者の任官を拒絶できるようになったとさえいえる」(226頁)のほうが正しいであろう(前記の新藤宗幸『司法官僚』155頁も同様の推測を行っている)。私はかつての実情についてもかなりよく知っているが、再任拒否は前記のとおりほとんどなく、肩叩きもせいぜい2、3名ないしそれ以下であったと思う。 なお、フット教授(東京大学)による日本の司法の分析については、全体としては評価すべき部分があると思うが、前記の書物についてみると、日本の裁判所・裁判官制度の決定的な特徴であるヒエラルキー的な上意下達の官僚組織という側面の問題点に関する十分な認識が欠けているように思われる。前記の書物で一番人を引き付けるのはそのタイトルなのだが、それでは、なぜ、日本の司法が「名もない顔もない」のっぺらぼうなものとなっているのかについては、この書物は、必ずしも十分な説得力をもって論じえてはいない。私には、それが、前記のような視点の欠落の結果であるように思われる。