80代にして中古でも老人ホームでもなく新築マンションを買う…母と私の合言葉は「将来売りづらくならないようにしないとだね」
最後は住みたい町に暮らす#2
ライフスタイルの大きな変化は、何がきっかけになるかわからない。「本当は商店街のそばで暮らしたい」そんな母の一言から、目に留まった小さなマンションとの出会い。実家売却、遺言書作り、家財道具を手放し、親子で目指した新たな暮らし方とは? 【書影】『最後は住みたい町に暮らす 80代両親の家じまいと人生整理』
新しい老後の過ごし方を描くエッセイ『最後は住みたい町に暮らす 80代両親の家じまいと人生整理』(集英社)より一部抜粋・再編集してお届けする。
建設予定地を見てわずか一ヶ月で購入
9月、マンションの購入契約を結ぶため一ヶ月と開けず長崎に飛び、まだ見たこともないモデルルームを訪ねる。 初めてお会いする営業マンのMさんは、思った通り背が高く端正な顔立ちの好青年。「お電話いただいてからは、お母様の銀行行きに必ず私がご一緒してますから安心してください」と小声で言ってくれた。よく気がつく上、「調べておきます」と言ったことは間を置かず、すぐに丁寧なメールが返ってくる。 不動産営業にありがちな、契約したら顧客を部下まかせにする営業マンとは真逆の奇特な人だ。不動産や税の知識も相当あり、東京に来たら富裕層に引っ張りだこの営業マンになるだろう。 購入契約はMさん、契約担当の方と進める。母と私、それぞれがマンション購入契約書に捺印、サインをする。今回のマンションを販売する会社の創業者は母の同級生らしい。一緒に遊んでいたあの子がこんな立派な会社を作るなんてと、母はサインしながら感嘆している。 しびれを切らした父を、友人がコーヒーを飲みに連れ出してくれた。退場する父の後ろ姿に「お父さん、ありがとう」と手を合わせる。建設予定地を見てわずか一ヶ月で購入するのだ。局面は大きく変わろうとしている。 契約が終わり、初めてモデルルームを見た。両親はすでに何度も訪れているようで、どこに何があるかも熟知している。コンパクトながらも「ザ・新築マンション」のきらびやかさもあり、ここに親が暮らすのだと想像するだけで気持ちが沸き立った。 最新設備が苦手という二人は、食洗機は使わないだろうが、寒暖差がやわらぐ複合ガラスの窓や、洗濯を干したり、花を育てるに十分広いバルコニーがあり、やっぱり必要にして十分な住まいだと思った。 300㎡余の大きな家から60㎡少々のマンションへ。持参できる家具は10個くらいだろうか。2LDKのスペアルームともいうべき5畳間が意外に小さく気になったが、上階の角部屋だ。2面の窓からは遠くに山並みも望めるだろうし、開放感は十分だ。