「物語でしか語れないことがある」 紫式部が源氏物語に込めた思いは 当時の〝物語〟の立ち位置
紫式部を主人公にした大河ドラマ「光る君へ」が放送されていますが、平安文学を愛する編集者のたらればさんは「源氏物語は光源氏の恋愛物語とも言われますが、それは一面的な読み方です」と指摘します。そもそも源氏物語はなぜ書かれたのか?どんな思いが込められているのか? たらればさんと語り合います。(withnews編集部・水野梓) 【画像】大河ドラマ「光る君へ」たらればさんの長文ツイート 1年「情緒がもつのか…」
100万文字 壮大なストーリー
水野梓(withnews編集長):今回の大河ドラマの主人公・紫式部は「源氏物語」の作者ですが、本名など詳しいことは分かっていません。 スペースのリスナーさんから、「そもそも源氏物語ってどういう存在なのか教えてください」という質問がきておりました。 たらればさん:このお題は……壮大すぎて、わりと頭を抱えますね(苦笑)。 『源氏物語』とは何か、という課題について、皆さん学校でひととおり習ったと思うんですよ。 <いづれの御時にか 女御更衣あまたさぶらひたまひけるなかに いとやむごとなき際にはあらぬが すぐれて時めきたまふ ありけり> という、非常に有名な書き出しから始まる、全部で100万字ぐらいの物語です。 作中でだいたい70年間にわたる壮大なストーリーで、日本文学の中でおそらく最も有名で、世界的にも最も広く読まれている作品といえるでしょう。 一般的には「ひとりの男が振ったり振られたりする恋愛物語」…という語られ方をしますが、それはとても一面的な見方で、ほかにもいろんな読まれ方をしているということは、この機会にぜひ知ってほしいなと思います。 水野:ほかの読まれ方? たらればさん:娯楽性はもちろん、政治劇でもあるし、「男女差」を告発する物語でもあり、高貴な身分へのリスペクトもあればその虚構性やスキャンダル暴露でもあります。 そのうえで、運命に踊らされる人間の小ささや、当時の仏教観を説明するものだと読まれることもあります。
好きな「巻」から読んでもいい
水野:ちょっと読み通すには、「長い」とためらうところもありますよね。 たらればさん:はい。すべて読み通すことが難しい、というのは昔からよく言われてきたことで、途中で挫折している人もたくさんいます。 「資本論」(カール・マルクス)とか「失われた時を求めて」(マルセル・プルースト)とかと似ていますよね(笑)。 一生のうちにいつか読みたい、と考えている人は、まずあらすじを理解してみるといいんじゃないかなと思います。 漫画「あさきゆめみし」(大和和紀著/講談社)でもいいですし、「平安人の心で『源氏物語』を読む」(山本淳子著/朝日選書)という研究者の書いたあらすじ本もありますので、あらかじめ「どんなストーリーか」を知っておくと、読みやすくなると思います。 ▼「あさきゆめみし」雑誌黄金時代だから描けた光源氏の〝罪〟 https://withnews.jp/article/f0220210002qq000000000000000W02c11001qq000024266A たらればさん:それでも最初から最後まで一気に読もうとすると結構大変なんです。 源氏物語は一般的に54のパート(巻/帖)に分かれていて、普及してゆくなかで、多くの読者は各巻が歯抜けになっていたり、バラバラな状態で手にしていました。 昔は新刊書店はなかったので、全54巻の長大な作品が、古本屋さんで歯抜けで並んでいる…というような状況に近かったと言われています。 初読時は「その通しナンバーの順番通りに読まなきゃいけない」って思うかもしれませんが、近代以前はあまりそういう読まれ方はしていなくて、手元にあるもの、読めるところから読んでいただろうと言われています。 水野:時系列にこだわらず、好きな順番で読んでいいんですね。 たらればさん:人間関係が進むパートもあれば、そうじゃないパートもあって、どこかの巻を読んだらそれなりに満足できるように書かれていると思います。 源氏物語は、光源氏の成長を描きながら、作中時間が進むごとにお相手が変わり、それぞれの登場人物の環境が変わり、政治状況が変わってゆくのが当時としては画期的な組み立てでした。 だからこそ「源氏物語は近代小説の要素がある」と言われるゆえんでもあるんですが、それでも気になる巻や好きな登場人物が活躍するシーン、たとえば「夕顔」だけとか「蛍」だけとか選んで読み進めてゆくのもいいと思います。 僕は朧月夜と光源氏が出会うパート「花宴」が大好きで、ここだけ何回も読み返しています。非常に短くて読みやすいですよ。