「生涯無敗」重岡銀次朗が3・31防衛戦”直前の挑戦者変更”にも「不動心でいられる理由」
「アルアル・アンダレスとは、’19年にスパーリングをしたことがある。ハートのあるファイターだけど、銀次朗のスピードにはついていけないさ。チャンピオンが防衛するよ。銀次朗は本当にいい選手。僕の目標だし、アイドルでもあるんだ」 【画像】う、美しい!…重岡銀次朗「生涯無敗ボクサー」の研ぎ澄まされた肉体 19戦16勝(9KO)3分けでIBFライトフライ級14位にランクされるジョン・マイケルは、6ラウンドのスパーリングを終えた後、汗を拭きながら語った。重岡銀次朗(24)のスパーリングパートナーとして来日した彼は、同胞のアンダレス以上にIBFミニマム級チャンピオンを評価していた。 それもそのはず、3月23日に行われた銀次朗とのスパーリングでは、何度もコーナーに追い込まれ、ボディーブローを喰らった。チャンピオンが顔面、腹と上下に打ち分ける左アッパーを躱(かわ)し切れない。マイケルも必死で食らいついたが、接近戦でのコンビネーションの正確さ、間合いの取り方、そしてバランスでも、銀次朗に一日の長があった。 ’23年10月7日、IBF暫定チャンプだった銀次朗は、同正規王座に就いていたダニエル・バジャダレスを5回KOで下した。バジャダレスは、その10ヵ月前にも拳を交えた因縁の相手だった。初顔合わせとなった’23年1月6日、劣勢に立たされたバジャダレスは、第3ラウンド終盤に自ら頭突きを見舞い、「偶然のバッティングだ。ダメージが深刻で、これ以上戦えない」とアピール。試合はノーコンテストとなり、ベルトの移動はなかった。当然のことながらレフェリーの判断は物議を醸し、銀次朗は悔し涙を流した。この、バジャダレスの負傷休養中に銀次朗は同暫定タイトルを獲得する。 「ボクシングの神様が、自分に試練を与えたということか」と気持ちを切り替え、黙々とトレーニングする銀次朗の姿は修行僧のようだった。 ◆順調に進んだ調整……しかし リターンマッチでもバジャダレスは頭を武器としたが、銀次朗は冷静に対処し、胸の痞(つか)えを下す。そして、正規王者となった初防衛戦として、3月31日にアルアル・アンダレスを迎えるはずだった。 自らを追い込むメニューを重ねながら、銀次朗は何かに苛立っているかのようだった。試合1週間前のインタビューで、こんな言葉を漏らした。 「幼い頃から目指してきた世界チャンピオンになりましたが、全然満足していません。何も変わらないですよ。多分、引退する日まで、こうなんじゃないですかね……。 相手のパンチを一発ももらわないような技術を身に付けたいですが、スパーリングでもやっぱり何発か喰らってしまいます。誰を倒しても、どれだけ勝っても、この気持ちは一緒なんじゃないか、完璧に近付くまで、十分だなんて思えることはないと、最近は感じています」 アマチュア時代からただの一度も負けを経験したことのない、IBFミニマム級王者は、達観したように語った。 「アンダレスはスタミナがあって、アグレッシブに前に出てくる選手という印象です。なりふり構わず前進してくる彼を、僕が足で捌く展開になるように思います。距離が大事ですから、近付き過ぎずに打って仕留めますよ」 “自らのボクシングを完成させること”をゴールとする銀次朗は、念入りに対戦相手の映像を見て研究することはせず、己を磨くというスタイルを貫く。 「今回は普段より足を使いたいですね。フットワークで相手のパンチをよけ、自分はしっかりとヒットさせる。そして弱らせて、ガツンと喰らわせて沈める。どんな試合でもKOを狙っていますよ。理想とするボクシングができるように練習するだけです。それを追いかけることが、仕事だという気がしますね」 世界王者になって変わったことが一つだけあると、銀次朗は付け加えた。 「練習量が増えました。それは間違いないです。ロードワークの距離も8kmから10kmになりましたし、サンドバッグ打ちも、8ラウンドから10ラウンドに。究極の自分を作るには、やはり毎日、納得のいく鍛錬をしなければ。その積み重ねがいかに大切かも理解しているつもりです。今、日本には世界チャンピオンが何人もいますね。誰にも負けたくないです。『最も存在感のあるボクサーが銀次朗だ』と、皆さんに言っていただけるようになりたいです」 銀次朗を指導する町田主計(ちから)トレーナーも、言った。 「練習量は本当に増しました。メンタルの充実度が、ひしひしと伝わってきます。こちらはオーバーワークにならないように気を付けていますよ。元々向上心の高い選手でしたが、自分への要求が高くなりました。お金を稼ぐとか、名声を得るとかよりも、いいボクシングがしたい、という気持ちでしょう。相手がどう出てこようが、特徴を生かして捻じ伏せる。前後、左右のステップで翻弄してノックアウトする。そういった目標に対する飢えは、世界タイトルを手に入れる前よりも強くなったと感じます」 今回、銀次朗は、フィリピン人世界ランカー2名とのスパーリングを重ねながら、大きな手応えを感じていた。2年前からウエイトトレーニングも取り入れ、このところその成果が出ているという。 「身体も大きくなりましたし、パンチに体重が乗るようになってきたことを実感しています。ケガもなく、いい練習ができました。バッチリです。これぞ銀次朗のボクシングだというものをお見せします」 町田も「3ラウンド以内に終わるんじゃないですかね」と、自信たっぷりにKO宣言していた。 ところが――試合5日前になって、突如、暗雲が垂れ込める。挑戦者のアンダレスが、体調不良でリングに上がれないことを告げられたのだ。 アンダレスは、22日に嘔吐・めまい・低血糖による腹痛等で検査を受け、その証明書がプロモーターに送られてきたとのことである。日本の報道陣にその旨が伝えられたのは3月26日。22日が週末の金曜日で、日本とフィリピンに60分の時差があるとはいえ、これほど重大な件が4日間も公にならなかったのは、いかなる理由なのか。 この日の夜、銀次朗は言った。 「まったく動じていません。明日(27日)には、代わりの相手が決まるとのことですから」 筆者も彼の置かれた状況が気になっていたが、27日の19時に本人からメッセージが届いた。 「無事に相手が決まりました。 一度なくなりかけた時は、正直落ち込みましたが、今は本当に良かったと思っています。 試合直近なのにもかかわらず別の選手を見つけてくれたプロモーターと、試合を受けてくれたジェイク・アンバロ選手に感謝です。相手のスタイルも変わりますが、去年の4月16日に、兄貴が同じような目に遭いながらもしっかりKOで倒すところを見ているので、自分もやってやります。引き続き応援よろしくお願いします!」 31日の興行は、実兄であり、WBCミニマム級チャンピオンである重岡優大(26)がメインイベンターを務める。兄弟共に現役の世界王者で、階級も同じ。2人が所属するワタナベジムでは、仲睦まじく会話をし、それぞれのスパーリングではコーナーから指示を送る姿が見られる。刺激し合い、助け合う関係だ。 急遽、銀次朗の挑戦者に決まったジェイク・アンバロもフィリピン人選手で、IBF6位にランクされる。代役でいきなりの世界戦とは、どの程度コンディションを作り上げているかという疑問が湧く。このところ銀次朗は、本人ではどうすることもできないトラブルに相次いで見舞われている。 IBFミニマム級チャンプは、十二分に準備した挑戦者と対峙し、己の強さを見せ付けたかった。試合直前に相手が変わるなど、受け入れ難かったに違いない。それでも、リングに上がる喜びを噛み締めながら、名古屋国際会議場イベントホールの花道を歩く。 今回のハプニングも神が己に与えた、乗り越えるべき試練だと言い聞かせる様は、また一つ青年を成長させようだ。 撮影・文:林壮一 1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。
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