エッフェル塔×「昭和の日本人」=『シン・エヴァンゲリオン』!? 刷り込まれた「パリへの憧れ」
本には書かなかった「珍説」
このたび上梓した『ルーヴル美術館 ブランディングの百年』において私は、なぜルーヴル美術館が「誰もが一度は行きたい美術館ベストワン」となり、遠く離れた日本の私たちをも魅了しているのか考察した。そして、このルーヴル憧憬のルーツとして、昭和の敗戦直後のルーヴル美術館展や昭和49年の《モナリザ》来日を取り上げて分析した。それに関連して、どこにも発表するつもりのなかった珍説を書き留めておこう。 【写真】昭和の「あこがれのパリ」イメージと『シン・エヴァ』 本には書いてないが、昭和日本のルーヴル憧憬について考察する中で、ひとつひっかかっていたことがあった。それは、2021年に公開された庵野秀明監督による映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下『シン・エヴァ』)である。 この映画の冒頭12分10秒は、意表をつくように、パリ上空での迫力ある戦闘場面から始まる。真っ赤に染まる死都と化しているが、リアルなパリの鳥観図が描写され、中景には誰もがそれと分かるように、エッフェル塔が聳えている。戦闘シーンの最後にはこのエッフェル塔が圧し折られてドリル状の武器として使用される。 さらに驚いたのは、映画のフィナーレにタイトルバックで流れた主題歌だ。宇多田ヒカルの「One Last Kiss」だが、冒頭からいきなり、「初めてのルーヴルは/なんてことは無かったわ/私だけのモナリザ/もうとっくに出会ってたから」である。映画にはルーヴルも《モナリザ》も登場しない。実質的に、この映画とルーヴルや《モナリザ》を結びつけるのは冒頭のパリの戦闘場面のみである。庵野はなぜパリ情景を冒頭に置いたのか。《モナリザ》はこの映画とどう関係しているというのか。 庵野秀明といえば、「おたく」の三文字がすぐに連想される。そのおたく的世界は、平均的日本人が思い描く「おフランス」の花の都パリとは容易には結びつかない。少なくとも日本の文化において、おたくとパリは水と油の関係にあるといってもいいだろう。なのに、なぜ、庵野はパリを描いたのだろう。 『シン・エヴァ』は、よく知られるように、1990年代にテレビ放送された「新世紀エヴァンゲリオン」の「新」解釈を提示するもので、庵野による物語の「やり直し」が図られている。それゆえ、パリの短いシーンにも、彼が関わった旧作からの引用が幾重にも織り込まれている。パリ風景が1990年のNHKテレビ・アニメ『ふしぎの海のナディア』からの引用である、とはネットで行き交う定説だ。このアニメは1889年のパリ万国博覧会を舞台にし、そこでも建造されたばかりのエッフェル塔が破壊されている。 しかし、私が気になるのは、物語の引用関係の考察ではなく、もっと通俗的な庵野とパリの関係だ。『シン・エヴァ』の冒頭シーンの公開がフランスで解禁となったとき、庵野は「パリは大好きな街」で、「エヴァの舞台にしたいとずっと思っていた」、「特にエッフェル塔が大好き」だ、とコメントを寄せたという。 また、NHKテレビによる『シン・仮面ライダー』の制作ドキュメンタリー番組では、ファッション・ブランドのメゾンキツネの「パリジャン Parisien」Tシャツを着てオフィスで仕事をする庵野の姿がカメラに捉えられている。安野モヨコから与えられたTシャツを着ているだけという気もするが、それにしても、庵野とパリの結びつきの違和感は大きすぎる。庵野が「フランスかぶれ」とは到底思えない。なぜ、パリなのか。