松尾芭蕉を魅了した『おくのほそ道』の旅路は、1500万年前は海だった。徐々に陸になっていった景色の特徴とは
◆埋め立てられる東北日本 さて、西暦1689年当時、芭蕉を魅了した風景は、どのような岩石・地層をもとにしたものだったのだろうか。図2-6は約1500万年前の東北日本の鳥瞰図・鯨瞰図である。これは地層に含まれる底生有孔虫(ていせいゆうこうちゅう)という小さな化石を手がかりに復元されたものだ。種ごとに好みの棲息水深があるので、それをもとに過去、堆積物が溜まった水深(古水深)を復元できる。東の端には、現在と同様に北上山地が分布しているが、そこから西へ少し進むと様相が一変する。水深2000mに迫る南北に延びる海があり、海底では活発な火山活動がみられる。さらに西に進み高まりを越えると再び南北に延びる深い海がある。こちらは海底火山がほとんどない静かな海だ。 現在の様子と比較すると、一致しているのは北上山地のみ。中央の深い海は、東北日本の中央部を背骨のように走る奥羽山脈やその周辺の盆地に相当していることがわかる。当時深かった溝が現在は高い山脈になっているわけだ。この巨大な深みの埋め立てをおもに担ったのは、海底の火山から噴出した火山砕屑物(さいせつぶつ)や火山岩である。 また西側の深い海は、現在の日本海に面した南北に連なる海岸平野の位置に相当している。この海を埋め立てたものは、先と同様の火山砕屑物や火山岩も含まれるが、基本的には周辺の岩石が砕かれてできた泥・砂・レキと、当時この周辺の海に大量発生した珪藻(けいそう)の殻である。 そのようなわけで、東北日本の中央部分付近には、火山から発泡しながら噴出した火山砕屑物が溜まってできた地層が多数分布している。見かけは、小さな孔(あな)が無数にあいていることが多い。この種の岩石は一般に脆く、ハンマーで叩いても、ボフッ、ボフッ、と鈍く景気の悪い音しかしない。一方、芭蕉は、そういう孔だらけで脆い岩石に囲まれた空間での音のくぐもりを鋭く捉え、「岩にしみ入る」という素人にもわかるかっこいい表現にまで到達してしまった。 ※本稿は、『日本列島はすごい――水・森林・黄金を生んだ大地』(中公新書)の一部を再編集したものです
伊藤孝