ジョナサン・アンダーソンは常に波を起こし続ける──GQファッションアワード2023 デザイナー・オブ・ザ・イヤー
大きな注目を集め続けるジョナサン・アンダーソン。ロエベとJW アンダーソンのクリエイティブ ディレクターでありファッションを独自に再定義することに長けた彼は、メンズファッションを大胆で新しい軌道に乗せた。業界が過去の製品を焼き直し続けているこの時代に、アンダーソンはあえて衣服の奇妙さと滑稽さを楽しみ、メンズウェアの魅惑的で斬新なアティチュードを前面に出すかたちで、一連のセンセーショナルなランウェイショーを締めくくった。 【写真つきの記事を読む】GQ デザイナー・オブ・ザ・イヤーはジョナサン・アンダーソン! アンダーソンは、斬新なアイデアこそがファッション業界に必要なものであるという信念に突き動かされながら、ロエベで就任11年目を迎え、近年では異例ともいえる長い在任期間に突入した。「ファッションが新しい領域を見出そうとしていた時期がありました」と彼は言う。「それが最近では色あせてしまっているのです」。彼はこの業界で起きていることを、かつての名作テレビシリーズがシーズン終盤の低迷期に入ったようなものだと喩える。「現在のファッション界は、一度は大ヒットした作品の続編をつくろうともがいているように感じられます。実際そこにはもうかつての視聴者はいないのですけれどね」と彼は言う。 自己評価が厳しいアンダーソンでも、今年は予想を超えた実りある年となったと認めるはずだ。節目となった2024年春夏メンズコレクションのショーは、「おそらく、これまで手がけたコレクションの中でもトップ5に入るだろう」と彼は言う。スーパーボウルのハーフタイムショーに出演したリアーナや、ビヨンセのワールドツアーでも衣装を提供し、近日公開予定のルカ・グァダニーノ監督の映画『Queer』(原題)の衣装を手がけ、ロジャー・フェデラー、リンダ・ベングリス、ウェリペッツなど、さまざまなコラボレーションを果たした。 ■「変わるなら今しかない」 ロエベのキャンペーンに欠かせない存在である俳優ジョシュ・オコナーは、「彼は、創造的なビジョンを明確に持っている人をよく理解していると思います。きっとそれは、彼自身がそういうビジョンを持っているからです」と話す。 ロンドンのJW アンダーソンのスタジオにいたアンダーソンとZoomで話をしたのは10月初旬。彼はロエベの最新コレクションのアーガイルニットを着て現れた。アンダーソンは自分でデザインした服を着ることを好まず、今年になるまでほとんど着たことがなかった。「私は何に対しても、非常に批判的な性格です」と話す彼だが、なぜ変わったのか。「もうすぐ40歳になりますから、変わるなら今しかないかな、と」 北アイルランド出身の彼は2008年、24歳でJW アンダーソンを設立、今でこそ文化的に浸透しているジェンダー脱構築の先駆けとなる作品でロンドンにその名を轟かせた。ある時フリル付きのレザーショーツを用いたコレクションが、『デイリー・メール』紙に酷評された。しかしアンダーソン曰く、彼の時代を先取りしたデザインの多くがそうであったように、このショーツもその後ヒットした。 ■ロエベのクリエイティブ ディレクターとして 2013年、LVMHは、1996年に買収したロエベの再建に彼を抜擢した。19世紀から続くスペインのレザーグッズブランドであるにもかかわらず、当時はロエベの発音すらあまり知られていなかったのだ(「ロ・ウェ・ヴェイ、それを覚えるのに、1年はかかりました」とオコナーは振り返る)。 アンダーソンはこれまでの思想を打ち砕くような思い切ったアイデアを持ってやってきた。「どうしても成功させたくて、どうすればラグジュアリーという概念を払拭できるのか考えました」。彼はロエベを文化的なブランドとして捉え、アートや工芸、映画、テレビ、音楽への飽くなき欲求を原動力に、ブランドのアーカイブの外からコンセプトを持ち込んだ。最近ロエベのキャンペーンに起用された俳優グレタ・リーは「彼が撮りためた写真がどんな風か誰も予想できないでしょう──そこはもう彼の脳みそに入り込んだみたいな並外れた世界です。絵画、彫刻、色彩研究、テクスチャーのイメージが次から次へと出てくる。まるで音楽が語りかけてくるような、生まれもった感覚が表れているのです」 ロエベで自らのスタイルを確立するにつれ、アンダーソンのコレクションは、その時々に心を動かされるアートやアーティストの影響が明らかに見て取れるようになり、それらは職人技を駆使して表現されるようになった。あるシーズンに彼のデザインチームに課されたクリエイティブ・ブリーフは、ポントルモの祭壇画のイメージだった。「『使っていいのはこの1枚だけ』と言ったのです」と彼は振り返る。「2つのブランドを通して私が表現しているのは、私が夢中になっていることです。それもリアルタイムで」 アンダーソンにとって中毒性があるもののひとつは、アートを買うことだという。「彼にとってそれは、視覚を刺激するものに惹かれているわけではなく、アートにより近づこうとする行為なのです」と仕事を通して彼をよく知る写真家のタイラー・ミッチェルは話す。 ■「日常にはユーモアが必要」 2021年には、アンダーソンの特異なアプローチが歴史あるブランドの経営に功を奏していることが明らかとなった。彼はイットバッグとなった柔らかな彫刻のようなパズルバッグを発表し、ショーではフランク・オーシャンのようなセレブをフロントロウに迎えるまでになっていた。LVMHは数字を公表していないが、『The Cut』の2022年の記事によれば、ロエベは10億ドル規模のブランドと考えられている。JW アンダーソンもまた、大ヒットを連発している。2020年、ハリー・スタイルズが着用したJW アンダーソンのパッチワークカーディガンをニッターたちが再現しようとする動きがTikTokで見られ、それに対してブランド側はそのパターンをウェブサイトに掲載した。その年、最も話題になった一着だったのではないだろうか。 自身のやり方に確信を持ったアンダーソンだが、退屈なものになりがちなファッションへの孤独な挑戦は続いた。2021年からロエベは、アンダーソンが「抽象的」と呼ぶロックダウンの期間、シュルレアリスムを取り入れながら、強烈に奇妙なコレクションを発表するようになった。あるコレクションでは、セーターやスニーカーから草が生え、iPadで覆われたコートも登場。このようなアバンギャルドなショーピースについて、彼は「その中に楽しさがなければならない」と語る。「私の仕事は、最終的には人々の日常の中に登場する服を作ることです。そして日常にはユーモアが必要です」 この6月、アンダーソンの卓越したセンスが光るコレクションで、彼はさらにそのアプローチの幅を広げることとなった。ロエベの2024年春夏コレクションを披露するパリのランウェイショーでは、ボタンダウン、ポロシャツ、ミリタリージャケットを着たモデルが登場し、伝統的なアメリカのワードローブに遊び心あふれるいたずらを仕掛けた。カーキ色のパンツやジーンズはかなりハイウエストだった。 アンダーソンは、大げさな表現を通して、何者かを思わせるような服をデザインするのが好きだ。「服そのものよりも、表現の仕方にこそ新しさがあるのです」と彼は言う。肘をつき出し、静かに、しかし固い意志を表現しながら歩くモデルたち。メンズウェアに潜む不安感を巧みに引き出したデザイナーの手によって、それは滑稽でありながら、妙に奥深く、私たちの気が気でない瞬間にぴったりだった。ミッチェルは、「遊び心にあふれ、自分自身と向き合っている。これは素晴らしいジェスチャーであり、メンズウェアやマスキュリニティ全般にとって必要なことです」と振り返る。 次の10年に向けて、アンダーソンは筋書きに新たなひねりを加え続けるつもりのようだ。「10年間ただ同じことを続けることは不可能です。このような波を起こしていかなければならない。ただ横方向の動きの繰り返しでは実につまらないし、観る側も飽きてしまって、次のエピソードを予想しはじめる。だから、次のエピソードを提供しなければならないわけですが、それをあえてしないこともあります」 DESIGNER OF THE YEAR By Samuel Hine Photography by Laurence Ellis Translated by FRAZE CRAZE