世界で人気の日本の交番(KOBAN)――「おもてなし」とクール・ジャパンの象徴
ユニークな交番が街のランドマークになっている
多くの外国人がやってくるおしゃれな街、銀座周辺を「おもてなし」の地にしている、クール・ジャパンの象徴といえば何を思い浮かべますか? 和食の老舗や伝統工芸品のお店などでしょうか。でも外国人が相談に訪れるところ、と付け加えるならば、お店ではありませんね。そう、それは「交番」(KOBAN)なのです。 数寄屋橋交差点には、銀色のとんがり屋根の上に「待ち針」が付いている交番、銀座4丁目交差点には、全面が鏡張りのボックス形の交番、また銀座1丁目(京橋)には、かつてあった京橋の親柱の「擬宝珠」を模したものがてっぺんに載った、煉瓦造りのレトロな交番があり、それぞれ街のランドマークになっています。 日本全国に、こうした自由な形態の交番が増えてきています。外国人が「kawaii!」と声を上げて、カメラを向ける交番もあります。待ち合わせ場所になったり、観光名所となっている交番も少なくありません。かつて交番には形や色に規定があり、シンプルで地味なものでしたが、平成6(1994)年に規定が取り払われてからは、それぞれの地域で、魅力的に設計デザインされたユニーク交番が続々と出現してきたのです。
池袋駅東口の斬新な「ふくろう交番」もその一つ。アニメのキャラクターのようなふくろうの、大きな二つの目玉と顔の中央の鮮やかな赤色が遠くからもよく目立つ建物です。ふくろうは地元の雑司ヶ谷の鬼子母神に由来する池袋のシンボルで、この交番は、豊島区の小中学生からデザイン案を募集して選ばれた4点の作品をもとに設計されたものです。
「交番」と「派出所」は同じもの
ところで、そもそも「交番」とは何なのでしょうか。明治7(1874)年に東京で、警察官(当時の名称は「邏卒」)が警察署(屯所と言いました)から街の交差点などに出向いて「交替で立番する所」を意味する「交番所」制度が設けられました。明治14(1881)年には街中に交番所の建物が置かれ、そこに警察官(「邏卒」から「巡査」に変更)が交替制で勤務するようになりました。明治21(1888)年に交番所は派出所という名称に変わりましたが、交番という呼び名が広く親しまれてきたため、平成6(1994)年に交番が正式な名称となったのです。 交番が置かれるのは原則として都市部で、警察官が深夜も早朝も交替で24時間体制で詰めています。それ以外の地域には駐在所が置かれ、警察官はそこに家族と一緒に居住しています。交番と駐在所を合わせると、全国に約14700箇所(交番が約6600、駐在所が約8100)あります。最も多いのが東京都で1084、2番目が北海道で725、3番目が兵庫県で701です。その活動内容は、パトロール、巡回連絡(家庭や事務所など)、立番(道案内や交通指導取り締まり、警戒など)、事務所勤務(落とし物や困りごとの相談、書類作成など)、事件や事故への対応などです。