コーチが怒らない野球チーム「野球を楽しむために、大人が邪魔しない」
東京都内の小学生野球チーム「練馬アークスJr.ベースボールクラブ」。その特徴はコーチが怒らない、高圧的な指導をしない、練習は原則、週に1回4時間程度、練習を休んでよい、保護者の当番がない…。これまで常識とされてきたものを一つひとつ必要かどうか吟味した結果だという。入団希望者が多く、募集を停止しているほどの人気チームを取材した。
■エラーでも怒らない、相手のファインプレーに拍手
ある週末、練馬アークスJr.ベースボールクラブの練習を訪ねた。キャッチボールをする選手のうち、特に2人が「ナイスキャッチ」「ナイスボール」と相手に声をかけている。全員が言っているわけではない。中桐悟代表に聞くと「意味のある声かけをしようと、常々言っているので、その選手は、それが意味あると考えたんでしょう」との説明だった。また、練習場所の移動の際、中桐代表は「次、何やるの? 次を考えて」と選手に呼びかけていた。「こうしろ」「これをするな」とは言わない。 試合中、ベンチの選手からは「球、走っているよ。いける!」などポジティブな声かけが。コーチからも「ナイス! 練習でやったことができてる!」など呼びかけ、三振やエラーをした選手をも叱らず、「バットを積極的に振った結果だ!」などと声をかける。 そして、よりよいプレーをするために「今のは後ろに行くか、前に行くか、どっちにすればよかったと思う?」「どうして、そのプレーを選んだのか」と問いかけ、選手に考えさせるのが特徴だ。試合中、相手のファインプレーにも一斉に拍手していた。 中桐代表いわく「相手を認め、大切にすることは、自分を大切にすることにつながりますよね。それに、うちは対戦相手を“敵”とは呼ばないです。“相手チーム”と言います」「うちのコーチは選手に前向きな声かけしかしないんで、選手もネガティブな声かけを知らないんじゃないかな」
■なぜ「怒らないチーム」を?
銀行勤務の中桐氏が少年野球チームをつくったのは2021年春。彼は中学時代、野球部で怒鳴られることや、練習を1日休むと「取り返すのに3日かかる」と根拠のないことを言われ、休むことが犯罪のようになっていたことなどが本当につらかったという。 長男が野球をやりたいと言った時、妻は当番を担えないから無理だと言い、入れそうなチームがない、それなら自分で、とチームをつくった。コンセプトは「こども中心」で、気軽に皆で野球を楽しむこと。運動神経抜群でなくても、野球が好きという子が入れるチームが必要だと考えた。 誰もがプロ野球選手になるわけではない。これからの社会に必要な人間を育てるには? それまで「普通」とされてきた、野球チームのしきたりを書き出し、本当に必要なのか徹底的に考え、様々なことをやめたという。 ●罵声や高圧的な指導を完全禁止。 論理的で意味ある声かけをする。コーチ陣の話し合いで、そうした意識を統一する。 ●勝利至上主義を否定。なるべく全員が試合に出る。 しかし、勝負を捨てるわけではないという。勝ちにいくが、全員を試合に出す。その両立を目指して悩むことこそ、大人の役目だと中桐代表は言う。 また原則、ポジションは本人がやりたいところを任せる。やりたいことをやることで、うまくなるからだ。試合ではベンチでよく声を出す、ボールを拾うなど貢献する姿勢の選手を起用するという。 小雨の日の試合前、あるコーチが全員に向かって「集中が切れた選手はベンチに戻す」と話した。「一生懸命やらないと、罰として外す」と言うのかと思いきや、コーチは「グラウンドが滑りやすいので、プレーに集中できないとケガをするから」と話した。「こうすべき」の押しつけでなく、ケガ予防という理由だと、こどもも納得するだろうと感じた。