コロナはにくんでも、豚まんはにくまんで下さいーー支援物資にもなった町中華の名物、誕生の軌跡
友人からの厳しい指摘
ただ保存が利く、というだけではない。康平さんにとって豚まんは、東日本大震災が縁で生まれた思い入れのある一品だ。そのきっかけは、銀座のミシュラン星付きレストラン「銀座 やまの辺 江戸中華」オーナーシェフの山野辺仁さん(41)との出会いだった。 震災の直後から山野辺さんは、津波被害を受けたいわき市の豊間地区に入り、炊き出しや瓦礫撤去など復興の手伝いを始めた。 何度もいわき市を訪れるうちに、米や野菜などすばらしい農作物があること、同時にそれらがいわれのない風評被害を受けていることを知る。農家や地元料理人と縁ができ、同い年の康平さんと意気投合。名前で呼び合う仲になった。 「被災した康平に対して、初めは同情心があったのかもしれない」 と山野辺さんは言葉を選ぶ。いわきを訪れるたびに店に顔を出し、華正樓はわざわざ食べに行く理由がある名店だと認めていた。だからこそ、当時康平さんが作る肉まんに不満があった。
「丹精込めた作物を、価値ある料理としてお客さんに届ける責任が料理人にはある。どこにでもある肉まんではなく、いわきでしか食べられない、こだわりぬいた名物でないと意味がない」(山野辺さん) それまでは、豚のひき肉にタケノコ、シイタケ、春雨などを加えた、「うまいけどよくある肉まん」だった。山野辺さんの厳しいひとことに康平さんは動かされ、レシピを作り直した。
「山野辺シェフの言葉は一理ある。そこで、豚肉を福島県産に替え、甘く炒めたタマネギ餡とシンプルに合わせました」(康平さん) 福島県産にこだわった豚肉は、うまみたっぷりのバラ肉と、食感を楽しめる肩ロースの2種類を混ぜる。肉々しさを感じられるよう、大きめのサイコロ状に切った。より豚肉の存在が際立つ自信作の名前を「豚まん」と改めた。2017年秋のことだった。
再開してすぐコロナ
夏井川が決壊した3日後、康平さんに第一子・榛馬(はるま)くんが誕生。再起への覚悟ができた。一時は閉業も考えた和久さんも、「休んだことで本当に愛される店なのだと再認識した」と、改装を決意する。 半年の予定で始まった改装工事は、地元工務店の奮闘もあり水害から2カ月半で完了。2020年1月2日に営業再開を果たした。しかし、2月には新型コロナが猛威をふるい始める。全国に緊急事態宣言が出されることになったため、4月10日から営業を自粛した。 「再開直後の休業は苦渋の決断でしたが、その時間は恩返しをするのに好都合とも思った」