白井晟一の名言「…すぐなじまれてはむしろ困る。」【本と名言365】
これまでになかった手法で新しい価値観を提示してきた各界の偉人たちの名言を日替わりで紹介。「孤高」、「異端」、「モダニズムに背を向けた哲学的建築家」と称される白井晟一。まるで環境との調和を無視したような異質な建物を生み出した白井の真意とは? 【フォトギャラリーを見る】 街の人びとがすぐなじめるとは思わないし、すぐなじまれてはむしろ困る。 学生時代は哲学に傾倒し、その後独学で建築を極めた白井晟一。堅牢で質朴、ヨーロッパの石造りの建物を思わせる白井の作品はきわめて印象的だ。窓が極端に少ない《ノアビル》、大きく内側に壁面を湾曲させた《松濤美術館》と並んで語られるのが、長崎県佐世保市にある親和銀行本店(現在「十八親和銀行佐世保本店」に改称)だ。 1961年、親和銀行の頭取及び会長を務めた北村徳太郎から「モニュメンタルなものを」という言葉とともに本店設計を依頼された。3期10年という歳月をかけ、1975年に完成した親和銀行本店は、本館2棟と別館という3つの建築の集合体で構成。石で覆われた曲面を持つ高さ41mの石塔「懐霄館」は外観のインパクトもすさまじいが、10階に噴水があるなど、不思議な形態や空間が与えられている。また、銀行の内部も目を見張る。明暗の対比、天井や床の高低差、厳選された家具と配置まで細かく計算され、白井の美学が貫かれている。 「ぼくとしてはあそこ(親和銀行本店内部の客だまりや階段)にかなり質の高いものを出しているつもりだ。だから、街の人びとがすぐなじめるとは思わないし、すぐなじまれてはむしろ困る。だが、10年か20年たって、あの建築が佐世保の生活に根をおろしてしまえば、銀行なんだけど何か心の休まるものとなってくれるんじゃないか。ムリして自動車などを買うくせに、ひどい家具で満足しているような日本人の生活が、このままでいいとは思えない。最高のものをあたえ、知らせれば、人間の中身まで変わってくるんだ」 白井晟一は、空間をただの機能的なものとしてではなく、人間の感情や精神に深く響くものと考えていた。だから、すぐに街になじむことがあっては困るほど、高いレベルの建築空間を実現させた。異質な建物は時間をかけて街の人々に親しまれ、そして今、地域の名物として多くの人を出迎えている。
しらい・せいいち
1905年京都府生まれ。建築家。ドイツ・ベルリン大学で哲学を学ぶ傍ら、ゴシック建築についても研究。帰国後、建築家としての道を歩む。《松濤美術館》、《静岡市立芹沢銈介美術館》など数々の作品を遺す。また、自著を含め多くの装丁デザインを手掛け、書家としても知られる。1983年逝去。
photo_Yuki Sonoyama text_Mariko Uramoto illustration_Yoshifum...