北朝鮮の非核化へのプロセス カギ握る「検証」作業
北朝鮮の核兵器は南アの数倍に上る?
IAEAは1957年に設立されて以来、各国で査察を行ってきました。その査察量は膨大なものであり、経験は豊富です。世界のどこにもIAEAに比較し得るところはありません。 しかし、その知見を持ってしても、「非核化」を検証することは容易でありません。IAEAは検証の完璧さを期すため、関連施設が廃棄される場合に立ち合いを求めます。経験を積んだ有能な査察官であっても、廃棄の現場に立ち会うことは重要な参考になると考えられているのです。 北朝鮮の場合も核兵器の廃棄現場に立ち会うことを求めるでしょうが、これは北朝鮮、特に軍からすれば、軍事機密をさらけ出す危険があり、抵抗するのではないかと危惧されます。 北朝鮮の「非核化」の検証では、南アでの経験をそのまま活用できるわけではないと言われています。南アの「非核化」は約30年も前のことです。今は、技術も設備もはるかに進歩しています。南アの核兵器1発には55キロのU235が使われましたが、現在はその半分以下で製造可能になっています。 また、北朝鮮が保有している核兵器の数は南アの数倍に上る可能性があります。そうなると複数の保管場所を査察の対象としなければならないでしょう。査察は核に関係する施設すべてについて行うのが原則だからです。北朝鮮の場合はIAEAとして初めて経験することが多いので、学習しながら査察することになると見られています。 IAEAは、北朝鮮の「非核化」検証のために特別チームを構成するなど準備を始めていると思います。これには、人的・財政的負担が伴い、通常のIAEA予算では賄いきれないので各国に特別の協力・拠出を求めることになるでしょう。日本はすでに費用負担に応じることを表明しています。また、日本には核物質の査察に生かせる優れた知見があり、この面での協力についても検討が始まっているようです。
予想される抵抗、北朝鮮政府の協力不可欠
査察が始まると、IAEAにはさらなる困難が立ち現れてくる危険があります。北朝鮮やイランなどでは、過去において査察に対する妨害が起こりました。軍が実力行使で妨害したのではありませんが、施設へのアクセスを拒否したことがありました。査察は他人の家に入り込んであれこれ指図するような面があるので、反発を受けやすいのです。今後始まる北朝鮮の査察でも、心理的、あるいはその他の理由から抵抗が生まれる恐れがあります。 関連の記録の保存も重要な問題となります。南アの場合は、多くの資料が査察の前に廃棄されていました。 現場で抵抗が起こった場合には、北朝鮮政府が適切な指示を出して、円滑な査察を確保する必要があります。南アの場合でも政府の協力は不可欠であったと指摘されています。 北朝鮮の「非核化」検証は複雑な問題であり、完全に実施するには長い時間がかかるでしょう。IAEAの新チームの構成だけでも数か月必要ではないかと思います。南アの「非核化」について、IAEAが最終的に問題ないという結論を出したのは1993年に初めてIAEAに申告してから20年近くも経過した2010年のことでした。 しかし、北朝鮮の場合にはそんなに長い時間をかけることはできません。過去の経験に鑑みると、時間がかかればかかるほど「非核化」に対する妨害要因が多くなる危険があります。米国では「ここまで非核化の具体的措置が進めば後戻りすることはない」と判断される時点で、例えば推測ですが、すべての核兵器の廃棄が完了した時点で、平和条約の締結や制裁の解除を行うとの考えがあるようです。それは南アの場合を見ても可能であり、基本的に妥当な考えだと思います。
---------------------------- ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹