活況に沸いた初場所を振り返るー来場所は楽しみな1横綱4大関に
課した鍛錬と口上の深み
祖父が横綱、父は関脇だったからといってもちろん、強さが保証されているわけではない。関取だった父親の後を追って入門しても、十両に届かずに土俵を去る例は多々ある。当然、軸にあるのは本人の努力で、鍛える環境も左右する。 個人的に思い出すシーンがある。2015年12月下旬の夜、佐渡ケ嶽親方との会食の席だった。部屋関係者と携帯で連絡事項をやりとりしていた親方が電話口で次のように指示を出した。「上がり座敷に座布団を敷いて、将且(琴ノ若の本名)に転がる練習をするように言っておいてくれ」。当時、埼玉栄高3年の息子は前月に九州場所の新弟子検査に合格し、前相撲でデビューしたばかり。けがをしにくい動きを身に付けさせるため、将来を見据えて朝稽古以外でも鍛錬を課した。 関係性が「親子」から「師弟」に変化した状況下、ある意味で他の弟子以上に厳しく指導する姿勢が新弟子時代から始まっていた。 1月31日に行われた昇進伝達式。注目の口上を次のように述べた。「大関の名に恥じぬよう、感謝の気持ちをもって相撲道に精進してまいります」。かつては四字熟語を入れるのがトレンドで、「不撓不屈」「一意専心」など広く伝播したものもある。「感謝」は祖父や埼玉栄中・高時代に教わり続けた言葉とのこと。土俵上でいくら強くても決して傲慢にならず、謙虚さを忘れない意識が伝わってくる。 図らずも「感謝」というワードの持つ効力も、心身の健康や幸福を意味する〝ウェルビーイング〟に絡んで特に近年、脚光を浴びている。米カリフォルニア大リバーサイド校のソニア・リュボミルスキ教授(心理学)の科学的な研究によると、他人に感謝を表す行為自体がポジティブな思考や感情などさまざまな側面に連動し、幸福度が高まることをつながっていくという。琴ノ若は「この気持ちが一番大事です」と明かす。自身にとって、ひいては現代の世間的にも好影響を与えそうな言葉を晴れの舞台で披露。特別な四字熟語は用いずとも、心に響く口上だった。