3時間集中して映画館で見るべき映画「オッペンハイマー」
まず最初にあるのは、自然だ。この宇宙が持つ構造と言ってよい。 我々の肉体を構成し、我々が手に取ることができる物質は、さまざまな化合物でできている。化合物の正体を探っていくと、92種類の原子から構成されていることが分かった。 ●量子力学から核爆弾へ 原子は、さらに小さな陽子、電子、中性子といった素粒子から構成されている。物理学という知識体系を駆使して、素粒子の極微の森に踏み込んでいった20世紀の物理学者は、日常生活では当然のこととされてきた「そこに実在する」という概念が、素粒子レベルの小さな世界では通用しないことを発見する。「そこに存在する」ということ、「ある状態にある、違う状態にある」ということ、「右のスリットを通るか、左のスリットを通るか(二重スリット実験)」ということ――物事のありようは本質として確率的だったのだ。ただしその確率は曖昧なところなく数学的に記述できる。量子力学の成立だ。 原子の振る舞いを量子力学を使って理解することで、核物理の世界が開かれた。 大きく重い原子が壊れて小さく軽い原子に分裂する時、小さく軽い原子が融合して大きく重い原子になる時、莫大なエネルギーが放出されることが発見される。核分裂反応と核融合反応だ。主役は原子の中心にある原子核。原子核が分裂したり融合したりすることでエネルギーが発生する。 薪に着火すれば、燃えて暖かくなる。これは化学反応だ。化合物もまた結合したり分離したりの化学反応でエネルギーを放出する。が、化合物よりずっと小さい原子核の「結合したり分離したり」は、化学反応よりもずっと大きなエネルギーを放出する。大きなものが大きなエネルギーを出すなら分かるが、実際にはずっと小さい原子核のほうが大きなエネルギーを出す。 常識には反することだが、それこそが真の自然のありさまなのだ。 そして人間社会と自然との接点が生まれる。火は役に立つ。人類は火を扱うことで調理を覚え、蒸気機関を発明し、内燃機関を発明し、文明を発達させてきた。たき火も核分裂反応も核融合反応も、同じくエネルギーが発生する、だから核分裂反応も核融合反応も役に立つ。 何のために? 一番簡単なのはエネルギーの発生を制御する必要がない用途――破壊だ。 1938年、リーゼ・マイトナー(1878~1968)とオットー・ハーン(1879~1968)が、核分裂反応で莫大なエネルギーが放出されることを発見する。数学は世界の共通言語であり、物理学は自然を知るための共通手段だ。2人の発見を、世界中の物理学者はすぐに理解し、その意味に気が付く。 気が付かないわけにはいかない。その時まさに世界は、第2次世界大戦へと滑り落ちていく途中だったからだ。一方の側のナチス・ドイツには、人材がいる。科学技術力もある。そしてナチス・ドイツは欧州で軍を動かし版図を拡大し、ユダヤ人を弾圧している。 ナチス・ドイツがもし、この巨大な潜在的可能性を実現したら。核分裂反応に基づく爆弾の開発に成功したら――。 恐怖に突き動かされる形で、アインシュタインやレオ・シラードらが、ルーズベルト大統領に書簡を送る。 新型爆弾開発を訴えた先のアメリカは、経済大国であり、国内に広い土地を持ち、欧州のナチスの迫害から数多くの優秀な科学者が逃げてきていて、なによりもシステマティックに巨大プロジェクトを進めることに世界で最もたけた国であった。 かくして歯車は回り始める。責任者にグローヴスが任命され、オッペンハイマーが巻き込まれる。オッペンハイマーだけでなく、世界最高の頭脳が次々と巻き込まれていく。無理を承知で押し通すために、どんどん国家予算が注ぎ込まれる。映画の中では軽く触れられるだけだが、ウラン鉱石はアフリカ大陸はベルギー領コンゴの鉱山で、文字通り現地労働者をしばき倒して採掘したものがアメリカに運ばれた。