七里圭監督「ピアニストを待ちながら」…「出られない図書館」舞台に今を描く、村上春樹ライブラリーで全編撮影
気がつけば、真夜中の図書館にいて、どういうわけか出ていくことができない。なぜか夜は一向に明けず、居合わせた者たちは芝居の稽古を続ける――。七里圭監督・脚本、井之脇海主演の「ピアニストを待ちながら」（公開中）は奇妙な状況下で繰り広げられる物語だ。どうしてこんなことになってしまったのか、どうすればいいのか。わからぬままの堂々巡りに「今」を見る人は、きっと多いはずだ。（編集委員 恩田泰子）
一向に明けない夜
本作は、村上春樹ライブラリーの通称で知られる早稲田大学国際文学館（早稲田キャンパス４号館を大規模改修して２０２１年１０月にオープン、設計・隈研吾）の開館記念映画としてつくられた。全編、同館で撮影されている。
図書館の書架には、夢や記憶、虚構や現実が同居し、異なる時代の生者と死者の言葉が入り乱れる。この映画の物語はそんな場所にいかにもふさわしく思える。だからと言って、施設のプロモーションのたぐいではまったくないのだけれど。
井之脇海が演じる青年、瞬介は気がつけば、真夜中の大学図書館の大階段に倒れていた。出入り口の自動ドアはちゃんと開閉するから外に出てみるのだが、行き着く先はなぜか建物の中。途方にくれた瞬介は、グランドピアノを見つけて、鍵盤をたたく。
図書館には先客がいる。謎めいた女、絵美（澁谷麻美）と、「ピアニスト」を待っているという中年男の出目（斉藤陽一郎）、そして、大学時代の友人で演劇仲間だった行人（大友一生）と貴織（木竜麻生）だ。一向に夜は明けず、出て行くこともできない状況を逆手に取って、行人はかつて上演できなかった自らの作・演出による芝居の稽古をしている。タイトルは「ピアニストを待ちながら」。瞬介はともに過ごしながらも、時折、どうにも複雑な表情を浮かべる。なぜなら、行人は確か、死んだはずなのだ。
物語の中でこそ語れる真実
わからないことが、たくさん。不思議、不条理な物語だけれども、おもしろい。まず、人が。
誰もが聞き覚えのある威勢の良い流水音と登場する出目＝斉藤のおかしさ、かなしさ、軽い暑苦しさと、絵美＝澁谷の何とも言えない得体の知れなさが、折に触れて図書館の中の空気をかき混ぜる。「疑問を持ちながらも面倒を回避する」世代だという行人＝大友、貴織＝木竜、そして瞬介＝井之脇がクールな立ち居振る舞いと裏腹に何かを隠している感じ……。彼ら、彼女らがまとう影、謎の気配から目が離せなくなる。
