授業料無料だけではないフランスの「学び保障」 受験のない国「その人らしさの開花」目指す価値
なぜフランスの子どもたちは「塾」に行かないのか?
フランスは、平等な機会を目指す挑戦を続けている。1948年に国連で採択された世界人権宣言第26条の捉え方にもその意思が表れており、第26条の教育の目的について「その人らしさが開花すること、人権と自由が尊重されることを確かにすること」と訳している。一方、日本は「人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の強化」と訳していて、印象がだいぶ異なる。フランスのほうが、実践の根拠となる考えを共有されやすい言葉で表現している。 また、フランス国民教育省は基礎能力を「読み書き計算、他者の尊重」とし、ホームページには「責任ある市民を育てる」ことを教育現場で一貫して意識するよう記している。学校は社会的心理的能力を習得する場でもあると捉えているのだ。 そんなフランスでは、受験や塾は一般的ではなく、偏差値という概念も使われない。どういう教育制度になっているかというと、3歳(※2)から義務教育で、朝8時半から夕方16時半まで学校に行き、16歳の義務教育終了時に全員が一定の能力を身に付けていることを目指す。 ※2 希望すれば2歳から入学でき、育ちの状況によっては2歳から入学が勧められる場合もある 1クラスの平均人数は小学校21.6人、中学校25.9人と、目が行き届きやすい体制だ。子どもがそれぞれ一番能力を発揮できる学びの方法を学校側が責任を持って見つけていくことになっており、必要に応じて子どもたちは放課後の補習も受けられる。 落第と飛び級があるが、勉強に遅れがあれば、すぐに学校の医療チームが原因究明やサポートを行い、問題が解決するまでフォローすることになっている。健康診断でも身体面だけでなく学習面や心理面も確認する。そのため、大きくなるまで障害が気付かれない、授業が理解できないまま進学してしまうといったことが防げる。 「発達には個人差があるので、専門家をすぐにつけなくてもよいのではないか」という批判はあるが、日本の児童保護施設で読み書きができないまま成人を迎える子どもを何人も見てきた筆者としては、親次第になることなくサポートが入り、子どもの力を引き出そうという姿勢は評価すべきだと思う。 学校の医療チームは、2歳から10歳の子どもの場合、教育委員会に所属する学校専門医、看護師、言語聴覚士、運動・認知・心理の間の接続に働きかける精神運動訓練士、心理士で構成され、予算は国や自治体が負担する。例えばパリ市は2022年、年間で学校の医療チームに1200万ユーロ(18億6000万円)を投じた。 学校の医療チームや学校ソーシャルワーカー、学校カウンセラーなどの学校保健政策の費用は、国全体で年間13億1000万ユーロ(2030億50000万円)。子ども1人当たりに国がかける教育費は、小学生1人当たり年間7910ユーロ(122万6050円)、中高生で10770ユーロ(166万9350円)である。また、私立校も多くは公認校で、教育省の教育プログラムに沿うことを条件に教員の給料を国が支払うので、家庭の持ち出し分はそこまで高くない。 フランスは「国が子どもを育てるのを、親が協力する」と揶揄されるほど教育における国の存在感が大きいが、それは子どもの育ちを保障しているということでもある。 つまり、学校が子どもの学びを保障するので塾に行くという文化がないのだ。その代わり学校の勉強は忙しく、勉強させすぎているという批判はある。小学1年生で週にフランス語10時間、算数5時間、外国語1時間半、体育3時間、アート2時間、市民教育2時間半の合計24時間あり、勉強の時間が日本より多い。中高生はもっと勉強が厳しくなるため、フランス人からはなぜ日本では部活をする時間があるのかと不思議がられる。