トップ10入りへ再ブレークの錦織に世界が注目するワケ
唯一別のチャンピオンが、錦織が今回4回戦で破った世界4位のダビド・フェレールである。まさに近年のテニス界は〈ビッグ4〉が牛耳ってきたのだが、昨年フェデラーが5位以下に落ち、〈ビッグ4〉の構図が崩れてきたあたりから、徐々に彼らは〈絶対的〉ではなくなった。 昨年のウィンブルドンは2回戦までにナダルもフェデラーも消えるという衝撃に揺れ、今年の全豪ではまさかの伏兵スタニスラス・バブリンカがジョコビッチとナダルを連破して、09年全米のデルポトロ以来となる〈ビッグ4〉以外のグランドスラム・チャンピオンとなった。ジョコビッチは2011年に43連勝もしたときのような無敵ぶりではなくなり、昨秋に背中の手術をしたマレーも本調子ではなく今年は影が薄い。 もちろん彼らの実績に及ぶ者は他にいないし、その圧倒的人気も健在なのだが、このエキサイティングな4強時代が永遠に続くわけではないという現実を、ファンは直視しなければいけないときにきている。彼らに代わる新しいスターが果たして現れるのか、現れなければテニスは廃れていくのではないか……。そんな漠然とした不安や焦りが広がる。 ポスト世代の重要人物として10代の頃から注目されていたのが錦織である。日本のメディアは「日本男子初」とか「日本テニス史上最高」といった定規で評価するが、世界の目にはそんなことは当然であって、最近はむしろ「物足りない」という印象を持たれていたように感じる。たとえ4度のツアー優勝があっても、グランドスラムやマスターズシリーズでの実績が「順当」の域を超えなければ評価は上がりきらない。 錦織本人の自己評価も、そちらの厳しい目に近かったのではないだろうか。世代代表としての自覚の強かった彼は、22歳になった頃には「僕ももう若いとはいえないし、僕より下の世代も含めて、もっと新しい選手が出てこなければテニス界全体が盛り上がらない」と話していたほどだ。 錦織より下の世代では、先にトップ10入りを果たしたカナダの23歳ミロシュ・ラオニッチや、マリア・シャラポワの恋人としても知られる22歳グリゴール・ディミトロフがいるが、ビッグ4を強烈に脅かす存在とはまだいえず、次世代スター作りは難航していた。だからこそ今回のベスト4入りの意味は大きい。 フェデラーは試合後、錦織をこう評した。 「ケイはボールコントロールが見事で、すばらしいテクニックを持っている。特にバックハンドがいい。トップ10入りは近いと思う」 ナダルもジョン・マッケンローも、恩師のニック・ボロテリーも含め、そう予測した人は少なくない。いよいよその実現が近づいてきたと期待していいだろうか。 それにしても難しいのは、すっかり目の肥えてしまったファンがスターに求めているものは、強さだけではないということだ。スポーツマンシップ、やさしさ、ユーモア、華やかさ、スマートさ、ファッションセンスやガールフレンドの質さえも……錦織世代はまったく大変なものを背負わされてしまった。ただ、今はそんな気の遠くなるようなスター像より、明日のコートで錦織らしいプレーと夢の続きを見せてほしい。 (文責・山口奈緒美/テニスライター)