「となりのMr.パーフェクト」で現代女性の苦悩と強さを体現!開花したチョン・ソミンのコメディエンヌとしての才能
Netflixで配信中のドラマシリーズ「となりのMr.パーフェクト」が根強い人気を得ている。8月の配信開始以降「今日のTOP10」入りをずっとキープしているあたり、毎週楽しみにしていたファンはもちろん、「韓国ドラマは“一気見”派」にも熱く支持されているようだ。ラブコメの雄、チョン・ヘインが醸すロマンティックな魅力もさることながら、彼とラブラインを演じたチョン・ソミンの好演もまぶしい。 【写真を見る】顔を合わせば喧嘩ばかりのスンヒョとソンニュだったが、互いの存在の大切さに気づき始め… ソンニュ(チョン・ソミン)は米国の大学に留学、大企業へ就職。婚約者との結婚も控え順調な人生かと思われていた彼女だが、突然、婚約を破棄しソウルへ帰国してきた。彼女を出迎えたのは、母親の親友の息子チェ・スンヒョ(チョン・ヘイン)。幼い頃から家族同然に育ったスンヒョは、抜群のルックスと才能溢れる若き建築家へ成長していた。相変わらず憎まれ口ばかりの2人だったが、次第に互いの本当の気持ちに気づいていく。 恋愛感情を全く意識せず育った幼なじみの男女が成長し、山あり谷ありの末に結ばれていく正統派ラブコメディは、おそらく多くの視聴者に思い当たるエピソードがあるのではないだろうか。たとえその恋が苦い結末だったとしても、「となりのMr.パーフェクト」を見ていると宝物だったように思える。とりわけ、恋愛も生き方も不器用なソンニュには共感と応援の気持ちが溢れる。シーソーゲームを続けていたスンヒョとソンニュのうち、先に自身の感情に素直になったのはスンヒョだったので、ソンニュは容赦なく振り回される。ストレートに思いを伝え距離を詰めてくるスンヒョに、仏頂面を浮かべながら終始ドギマギさせられる彼女が実に微笑ましい。 ■“K-長女コンプレックス”に悩むヒロインを繊細に演じた「となりのMr.パーフェクト」 「となりのMr.パーフェクト」のソンニュが忘れられないのは、可愛らしさと共に現代女性のリアルを体現したからだろう。ドラマの序盤、彼女は一見古い因習や社会のルールに縛られない自由な女性のように見えるが、次第にキャリアの成功の陰にあったたくさんの“痛み”が明かされていく。両親の期待に応えることが自身の“夢”だと信じ、がむしゃらに走り続けたソンニュは胃がんとうつ病で身も心もぼろぼろだった。心細かったときのことを「スンヒョに電話をしたかった。転んでケガした時のように母の胸で泣きたかった」と振り返るモノローグには胸がつぶれそうになるし、チョン・ソミンの落ち着いた声だからこそ深く響くものがある。 ドラマの原題「엄마 친구 아들(オンマ チング アドゥル)」=「お母さんの友達の息子」は、韓国でよく使われる造語だ。第1話の冒頭、母親たちが自分の子供の話題で大いに盛り上がっている。現実社会でも、友人の子供の自慢話を聞いて帰宅した母親たちは、「○○さん家の○○君は頭も良くて、運動もできて、有名な会社に就職して…それに比べてあんたは何なの?!」と我が子に小言を言うことがお決まりだという。こうしたことから「お母さんの話に出てくるお母さんの友達の息子は優秀な人が多い」を意味するアイロニカルでユニークな造語が生まれた。スンヒョのように、主に成績が良かったり、育ちが良かったり、何でも完璧にこなせる息子に対して使う。 海外留学もこなしたソンニュのような女性を、娘を意味する「딸」と「엄마 친구 딸」をくっつけて“オムチンタル”とも言ったりするが、学歴のプレッシャーが多くの“オムチンタル”を苦しい立場に追い込んでいるという。番組公式ホームページに掲載された製作意図では、特に近年、最近オンラインで多く広まっている新造語「K-長女コンプレックス」について言及されている。長く男性優位の社会構造である韓国では、長男は「私が家族を養い、責任を負うべきだ」という責任感が与えられる代わりに、たくさんの恩恵を受けて育つ。またソンニュの弟は、完璧を求められるソンニュと比べてかなり甘やかされている。長女だけが韓国の家父長制社会の中で、家族の責任を負ったりバランスを取ったりと役割を担わされるだけで生きていく。韓国社会で浮き彫りにされた“K-長女”は、これまで受けてきた義務感と抑圧から自由になり、個人として強く生きようとしていると感じる。 ソンニュの紆余曲折は、同じく実生活でも弟がいる長女のチョン・ソミンの俳優への道程と重なるところもある。幼い頃は舞踊に熱中し、中学1年生までバレエを、高校生になると韓国舞踊を習っていた。腕前はかなりのものだったそうだが、両親、特に父親から強く反対されたため、一般高校に通い成績上位をキープしながら舞踊を習い、あらゆる韓国舞踊コンクールを総なめした。演技は舞踊に役立つ表現力を育てるため習おうと考えたそうだが、心に情熱が湧き上がるようにのめり込み、韓国芸術総合学校演劇院演技科に首席合格。当初は芸能活動を強く反対し激怒していた父も、今では彼女の努力と情熱を認めているそうだ。チョン・ソミンもまた、迷いと苦悩の中で自身の道を切り開いた現代女性なのだ。 ■下女や暗殺者、名家の娘も!難役をこなした「還魂」 「となりのMr.パーフェクト」でも見せたコメディの才能と、努力に支えられた確かな演技力、持ち前の可愛らしさで今やチョン・ソミンは多くのドラマファンから熱視線を浴びている。特に名前が知られたのは、「還魂」のシーズン1だった。架空の国・大湖国を舞台に、魂を入れ替える禁術「還魂術」によって暴走した者たちから国を守るチャン・ウク(イ・ジェウク)ら術士の活躍を描く本作で、チョン・ソミンが演じたのは盲目の下女ムドク。術士を狙う凄腕の刺客ナクス(コ・ユンジョン)は還魂術でムドクの身体に入り込む。ナクスの力に目をつけ、ムドクの体に“還魂”していることを知ったウクは、ムドクを師として迎える。素朴な下女であり、天才アサシンであり、そして実は術士を輩出する名家の跡継ぎ娘プヨンと、チョン・ソミンは3人のキャラクターを担った。ムドクとしては忠清道方言で独り言を言い、ウクとはナクスとして冷徹なトーンで話すなど完璧にこなした。一方術士と還魂者のバトルシーンや、ナクスの復讐心などストーリーラインがシリアスな中、ムドクがコミックリリーフとしても存在感を示した。 ■コメディエンヌとしての安定感を証明した『ラブリセット 30日後、離婚します』 スクリーンではバイプレーヤーが多かったチョン・ソミンは、『エクストーリーム・ジョブ』(15)のイ・ビョンホン監督のデビュー作『二十歳』(15)でみずみずしいコメディエンヌぶりを発揮していた。そんな才覚が『ラブリセット 30日後、離婚します』((23)で大きく開花する。 チョン・ソミン演じる映画プロデューサーのナラは、司法浪人ジョンヨルとの出逢いを運命だと思い込み、自身の結婚式の最中に脱走。2人はドラマティックに結ばれたものの、名家のお嬢様ながら豪快なナラと、地方出身で神経質なジョンヨルは喧嘩ばかり。ついに離婚を切り出すが、調停の帰り道で交通事故に遭い、揃って記憶喪失になってしまう。 恋愛映画がヒットしづらい韓国で観客動員数200万人超えという、驚異のスマッシュヒット作だ。フィクションならではのありえない展開を俳優たちの力業でドライブさせていく。特に『二十歳』以来二度目となるカン・ハヌルとチョン・ソミンによる丁々発止の掛け合いが退屈させないし、バラエティタレントも顔負けな表情の崩し方や、マシンガンのようなセリフ回しも小気味よかった。ただ体当たりで演じているというのでも、早口というのでもない。キム・ゴウンらを生んだ演技の名門校で培った基礎があるからこその安定感だった。本作で映画俳優として、主役級に輝いたチョン・ソミン。人生の苦さと喜びを心の奥に宿したコメディエンヌとして、これからますます活躍が楽しみなところだ。 文/荒井 南