齋藤孝 「早く山へ連れて行ってくれ」老母自ら山に入る『楢山節考』。高齢者が若い人より強者かもしれない現代だからこそ伝わるものとは
◆若いエネルギーやアイデアをどこに振り向けるか 平均寿命の伸び自体は、社会全体として喜ぶべきことでしょう。しかしその分、認知症の高齢者が増えるわけで、その世話をする人の数も増えることになります。 基本的には家族がその役割を担うわけですが、家族の誰もが積極的に関わるとは限りません。仕事や子育てとの両立が難しかったり、お互いに押しつけ合ったり、家族内の関係がギクシャクすることもよくあります。 社会に視野を広げると、これは若い人の労働条件の問題とも結び付きます。高齢者大国になるほど、その世話は家族だけでは賄い切れず、多くの介護職員が必要になります。 しかし、スキルのある職員が慢性的に不足していることは周知のとおり。労働力人口が減少傾向なうえ、たいへんな重労働に見合うだけの待遇をなかなか得られないことが主な原因と言われています。介護の仕事にやりがいを覚えていたとしても、経済的な理由や、もしくは本人の結婚や子育てとの両立が難しくなって離職せざるを得なくなる場合もあるでしょう。 一方、仮に介護職員を十分に雇用できたとすると、今度は若い労働力が介護に吸い取られていいのかという議論も沸き起こります。若いエネルギーやアイデアを、もっと経済を牽引する分野に振り向けてこそ、国家は国際競争力を持ち得るのだと思います。
◆『恍惚の人』は記念碑的な作品 これは人口構成や財源など構造的な問題で、そう簡単に解決できることではありません。ただ個人レベルで考えるなら、私を含めてこれから高齢に向かう世代が、できるだけ若い人の世話にならないよう、今のうちから心がけることはできます。端的に言えば、認知症の予防です。 認知症は運命的な病気で、個人の努力で防ぎ切ることは難しいかもしれません。しかし、できるだけ脳を使い、鍛えることならできるはずです。「脳トレ」で有名な東北大学加齢医学研究所の川島隆太先生によれば、音読も予防や改善の一つになるとのこと。かつて私は川島先生と『素読のすすめ』(致知ブックレット)という共著を出したほどですから、間違いありません。 すでに認知症は珍しくないため、『恍惚の人』で周囲の人の大変さを初めて知る、という人はほぼいないでしょう。しかし最初に警鐘を鳴らし、近未来を見事に言い当てたという意味では記念碑的な作品です。文学として、あるいはジャーナリズムの視点で読んでみるのもおもしろいでしょう。 ※本稿は、『人生最後に後悔しないための読書論』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
齋藤孝
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