齋藤孝 「早く山へ連れて行ってくれ」老母自ら山に入る『楢山節考』。高齢者が若い人より強者かもしれない現代だからこそ伝わるものとは
◆今は高齢者のほうが強者なのかも 現代の私たちがこの作品から学ぶことがあるとすれば、若い人たちの邪魔をしない、ということが一つだと思います。 今は「老害」などと呼ばれたりしますが、たとえば仕事にしても、若い人のチャンスを奪ったり、頭ごなしに抑え込もうとしたりしていないか注意する必要がある。本人に自覚がなくても、若い人は高齢者に少なからずプレッシャーを感じているものです。 だから、それまでどれほど組織に貢献していたとしても、ある程度の年齢になったら、第一線の役職はできるだけ後進に譲ろう、自分はサポートに回ろう、ぐらいの感覚でちょうどいいかもしれません。だいたい「定年」や「任期」というのも、そうして組織の新陳代謝を促すためのシステムだと思います。 もっと現実的には、お金の問題があります。マクロで見ると、日本の二〇〇〇兆円にのぼる個人金融資産のうち、六割強は六〇歳以上が持っているそうです。しかもそれを、ほとんど使わずに貯め込んでいる。だから日本経済は回りにくいわけです。 使い道があるならどんどん使ったほうがいいし、特に使い道がないなら若い世代に渡せばいい。子どもや孫のほうが、住宅ローンや教育、あるいは何らかのチャレンジのために資金需要は旺盛なはずです。 その意味では、「楢山節考」の世界観とは逆に、今は高齢者のほうが強者なのかもしれません。だからこそ、若い人に気を遣わせることなく、しかるべきときに自ら身を引く覚悟を決めることが大事ではないでしょうか。
◆高齢化社会の問題を五〇年前に看破した名著 大手出版社の新潮社の別館ビルは、別名「恍惚ビル」と呼ばれています。一九七二年に同社から刊行された有吉佐和子さんの長編小説『恍惚の人』が大ベストセラーになり、その収益で建てたと噂されたためです。 この小説は、高齢者の認知症(当時は痴呆症と呼ばれていた)により、介護でたいへんな苦労をする家族の物語です。すぐに森繁久彌さんと高峰秀子さんの主演で映画化もされ、こちらも大ヒットしました。一定以上の年齢の方なら、本や映画は知らなくても、タイトルに見覚え、聞き覚えがあると思います。 今でこそ高齢化と介護は大きな社会問題ですが、そういう時代の到来をすでに五〇年前から予見していたわけです。 実際にはその一〇年ほど前から取材を開始していたそうなので、日本が高度経済成長の真っ只中で絶好調だったころから問題意識を持っていたことになります。おそるべき慧眼だと思います。
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