クラフトビールのブームが終わったとき、「よなよなエール」はどう復活したのか 7年間、眠っていた「IT業界の超大物」の手紙
◆地ビールブームはすぐに過ぎ去った
----1997年4月、創業とともにヤッホーブルーイングに入社し、どのような仕事を手がけましたか。 第1弾のクラフトビール「よなよなエール」の生産が始まったのが1997年7月です。 営業担当として、酒屋さんやスーパー、問屋さんなどを回って「よなよなエール」を売り込みました。 翌1998年には、開催予定の長野オリンピックの表彰式会場になるスペースが長野駅の近くにあり、開催までの半年ほどの間、そこでビアパブもやりました。 飲食店の経験などなかったのですが、料理やアルバイト採用、店舗運営など、すべて素人ながら手探りでやっていました。 お客様が「はじめて飲んだけど、いいね」と言ってくれるなど、人が喜ぶ顔をじかに見られたことが、とても楽しかった思い出があります。 ----地ビールブームがピークを過ぎると、会社の経営は厳しくなっていったのではないでしょうか。 1999年をピークにブームが下火になり、売り上げは下がっていきました。 取引先のどこに行っても、「みんな地ビールに飽きちゃったんだよ、売れないから扱うのをやめた」と言われます。 スキー場での試飲会などもやってみたのですが効果はなく、途方に暮れる状態が数年続きました。 売れ行きが悪くなると、社内の雰囲気もだんだん険悪になります。 社員が次々辞め、ピーク時は20人ほどいたスタッフが、2003年ごろには半分になってしまいました。 ----井手代表は、辞めたいとは思わなかったのですか? 思いませんでした。 理由は二つあります。 一つは、過去に勤めた会社では「自分がいなくても次の人が来るから大丈夫だ」と思っていました。 しかし、ヤッホーブルーイングはつぶれそうだったため、無責任に離れることはできない、と思いました。 二つめは、創業時からいた会社なので、思い入れもあったんです。
◆奇跡のV字回復、原動力になった1通の手紙
----経営危機の状態を乗り越えるきっかけとなったのは? 経営が苦境に陥っていた2003年ごろ、星野リゾートが各地のリゾート再生に成功して注目を浴びはじめ、忙しい星野は地ビール事業にあまりタッチしていませんでした。 あるとき、「もうどうしていいかわからない」と彼に泣きついたのです。 「あきらめるのはまだ早い、まだできることはある」と星野は返してきました。 こんなに赤字なのに、まだあきらめていないことに驚き、星野がそこまで言うのなら信じてやってみよう、と再び前を向きました。 ----具体的にはどんなことを実行したのですか? 一つだけ思いついたのが、インターネット通販でした。 我々の会社ができたのが1997年の4月で、その1カ月後に楽天市場がオープンしました。 うちは1997年6月に早々と出店したのですが、ほぼ放置していました。 当時、私はパソコンをほとんど扱ったことがなく、ハードルが高かったんです。 星野に相談してしばらく経った頃、社内のロッカーの整理をしていたら、1通の手書きの手紙が出てきました。 「出店ありがとうございました、インターネットで一緒に世界を目指しましょう」と書いてある。 なんと、楽天の三木谷さんから届いた出店のお礼状だったんです。 そんな手紙があったとは知らなかった。 すごく衝撃を受けました。 事業を始めた時期は同じなのに、片方は今やIT業界で飛ぶ鳥を落とす勢いで、片や風前の灯。 この違いは何だろうと。 そして2004年の夏、意を決してインターネットに取り組みました。 楽天のネットショップ初心者向けの講座に毎週新幹線で通い、メルマガの書き方やトップページの作り方などを一から学びました。 言われたことをひたすら愚直にやっていたら、本当に売り上げも軌道に乗っていきました。 楽天で得た学びと実践を繰り返すうちに、星野が日頃言っているマーケティングの話もリンクして理解できるようになったことも、思わぬ成果でした。 楽天からの学びと星野からのアドバイス、両方の相乗効果で店舗運営がうまくいったのだと思います。 それまでがむしゃらに仕事をするばかりで、「仕事の勉強」を一切したことがなかった自分にとって、いい成長の場になりました。 ----ネット販売の成功の理由をどう分析していますか? それまでの顧客は小売店やスーパー、つまりBtoBでした。 しかし、ネットを介して直接消費者にアクセスでき、我々のビールについて伝えやすくなったことだと考えています。 小売店の限られた商圏の中では、地ビールに興味のあるお客さんは少ないかもしれませんが、全国が対象のインターネットなら、そこそこのボリュームになります。 その人たちに直接、売り場では伝えられないビールのこだわりを伝えられたことがよかったと思っています。 ※記事中の星野佳路氏の敬称は、井手直行氏のインタビューに則し、略しております。
■プロフィール
株式会社ヤッホーブルーイング 代表取締役社長 井手 直行 氏 1967年、福岡県生まれ。国立久留米高等専門学校電気工学科卒。大手電子機器メーカー、環境アセスメント事業会社、軽井沢の広告代理店勤務を経て、1997年、株式会社ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2008年より同社代表取締役社長。「よなよなエール」を筆頭とする個性的なブランディング展開で、国内クラフトビールメーカー約600社の中でシェアトップを誇る。『ビールに味を!人生に幸せを!』をミッションに、新たなビール文化の創出を目指す。社内でのニックネームは「てんちょ」。